第2章 差し出せ
次の日の朝。
ハーツラビュル寮へと初めて足を踏み入れた私は、ハーツラビュル寮と、自身の借宿として住み着いているオンボロ寮との「おしゃれ格差」に打ちひしがれた。
「すげー量のバラの木が植えてあるんだゾ!」
『うちには枯れ木しかないのに…』
「ハートの女王が城に植えてた名残なんだってさ」
そう語るエースと、私の視線が交差した。
「ん?なーによ」
『…こんな綺麗な寝床があるなら、素直に謝ってお戻りよ』
「わーかったっつの。だからここまで来たんだろ。首輪がついたままじゃ授業も受けらんねーし。…あ、でもそれを口実にサボれるかも?」
「サボればサボるほど罪の上塗りになるだけだぞ」
朝早く、エースを叩き起こしにきたデュースが私の隣を歩きながら苦言を呈した。
朝方、他の寮生達からタルト事件について聞いたデュースは、寮を飛び出していったエースを気にかけてオンボロ寮まで訪れてきていたのだった。
「やばいやばい、急いで薔薇を赤く塗らないと」
「…ん?」
寮へと続く庭園の片隅。
一本の白い薔薇の木の側で、一人の男子生徒がマジカルペンを片手に忙しなく動き回っている。
私たちはその彼に気づき、足を止めた。
「…ん?君たち、なにか用?」
「…それ、何してんの?」
「これ?見ての通り薔薇を赤く塗ってるだけだけど」
あっ、シャンデリア!と、彼はエースとデュースを見てそう言うと、私たちの方へ軽快な足取りで近づいてきた。
作業を急いでいたようだったけれど、私たちが現れたせいで、集中力が切れてしまったらしい。
「学校中で話題のニューカマーと朝一で会えるなんてラッキー♪ねねね、一緒に写メ撮ろーよ♪イェーイ!あ、これマジカメ上げていい?タグ付けしたいから、名前教えてよ」
クルクルと口が回る彼に呆気に取られていた私に向かって、彼がにっこりと笑いかけてくる。
「ね、君お名前は?その猫抱っこして歩いてると、ぬいぐるみ持ち歩いてるみたいでカワイーね!君とはツーショットで写メ撮りたいな、映えるからあの薔薇の木の前でよろ!」
『……ごめん、今どきの子の言葉はよく知らないんだけど、マジカメって何?』
「えぇっ!?マジカメ知らないの!?天然っぽいってゆーか、天然記念物だーカワイー♪」
堂々とした振る舞いと、制服がジャストサイズであるところを見るに、おそらく彼は。