第2章 差し出せ
「これはこれは失礼しました。派手に転ばせてしまいましたね、大丈夫ですか?」
階段の踊り場で尻餅をついた私に向かって、やけに紳士的なその声の主は、片手を差し出した。
『…いえ、こちらこそ階段走ってごめんなさ…い……』
「お気になさらず」
随分と急いでいらっしゃったんですね。
そう事もなげに話しかけてくる彼の身長が、あまりに高すぎて。
私は彼の顔をじっと見上げたまま、呆然としてしまった。
「……新入生さん?どこか酷く痛みますか?」
『…えっ、あぁ全然。全然大丈夫です、痛くない』
「それはよかった。今日、貴方に怪我をさせただなんてことがあれば、僕がアズールに怒られてしまいますから」
『…アズール?』
「申し遅れました。僕はオクタヴィネル寮のジェイド・リーチと申します。貴方には明日、モストロ・ラウンジで仕事をしていただく予定だとか。どうぞよろしくお願いしますね」
微笑を浮かべ、腕を軽く組んだまま話し続けるジェイド。
私は彼の丁寧な挨拶を聞きながら、堪えきれず。
クシュンッと小さくくしゃみをした。
『あっ、すみません…』
「………。」
ジェイドが目をまん丸にして、興味深そうに私の方を見つめてくる。
なんだかとても気恥ずかしい。
「それは、くしゃみですか?」
『えっ、はいすみません。せっかく自己紹介していただいているのに』
「…いえ。あまりにも可愛らしかったもので、まじまじと見てしまいました。よろしければもう一度聴かせてはいただけませんか?」
『えっ、くしゃみを?』
「はい」
『………くしゃみを?』
「はい」
くしゃみを?と、もう一度聞こうとして、やめた。
何を求められているのかわからないけれど、残念ながら私は、自由自在にくしゃみが出るタイミングをコントロールできる能力なんて持ち合わせていない。
『………あ、私…男子更衣室に行かなきゃいけなくて』
「おや、それは引き止めてしまい申し訳ありません。走って向かっていたのに、大幅にタイムロスしてしまいましたね」
『走ってたのは、なんか……やけに廊下が暗く感じて、気づいたら駆け足になってました』
ぶつかってしまってすみませんでした、と軽く頭を下げ、ジェイドと名乗ってくれた彼に背を向けた。
おやすみなさい、と丁寧にかけられた言葉に、私も挨拶を返し、階段を後にした。