第1章 蘇れ
「どいたどいた!」
「えっ、お、おうっ!?」
『その人、掃除をサボる悪い人です!』
「なにっ!それは悪い奴だ!人を捕まえるには…」
エースに道を譲ろうとしていた黒髪の男子生徒は、私の言葉を聞き、キッと彼に向かって睨みをきかせた。
そして、エースが持っているものと似た形のペンを胸ポケットから取り出し、あーでもないこーでもないと何か独り言を呟いて、大声を発した。
「ええい!なんでもいいからいでよ!重たいもの!」
ぐえっ、という悲鳴をあげて、エースが頭上から降ってきた大きな黒い物体に押し潰された。
「ナンダコレ!?大釜!?」
「ぎゃははは!見てみろカオル!エースのヤツ、でっけぇ釜の下敷きになってペッタンコになってるんだゾ!」
『…魔女が使うやつみたいだ』
観念なさい、と私は地面に膝をつけて、うつ伏せで倒れているエースに片手を差し出した。
エースは口を「いーっ」という形にしたまま、私の手を取り、立ち上がって、大袈裟にため息をつく。
「まさか大釜がでるとは。ちょっとやりすぎたか?」
「あいたた…いーじゃん、窓拭き100枚くらいパパッとやっといてくれたってさー」
『学園長命令です』
なぜそんな罰を科されているんだ?と質問してきた黒髪の青年に対し、エースが簡潔に、ことの次第を話して聞かせる。
鏡舎は帰宅ラッシュらしく、個性豊かな学生達が私達とその横になぜか置いてある大釜を見て、怪訝そうな顔で通り過ぎていく。
(……あ。ラギーくんだ)
一際ゴツい集団が通り過ぎていく際に、昼間、言葉を交わした彼を見かけた。
私はぼんやりと、ラギーが周りの学生達と笑みを浮かべずに話をしている横顔を見て、思った。
(…あの子、本当はにこやかな方じゃないんだな。商売相手だからか、笑顔で話しかけてくれてありがたい)
大釜と並んで壁際に立っている私に気づき、ラギーが「商売用の笑み」を浮かべ、フリフリと軽く手を振ってくる。
私は少しだけ口角を上げて、ラギーに手を振り返した。
「つーか」
『わ』
不意にエースが私の二の腕を掴み、ぐんっと自分の方へ私の体を引っ張った。
急に彼の横に並んで立たされ、私は目を丸くして、エースを見上げる。
「お前、誰?」
エースは私に視線を向けることなく、向かい合った黒髪の彼に、質問を投げかけた。