第1章 蘇れ
『はい、すいません』
「すいませんって…いや、そんな怖がらなくても、取って食ったりしないッス。っていうか、オレそんな怖くないでしょ」
なぜか焦り始めた彼を置いて、私はビュッフェカウンターの端に置いてあったテーブル布巾を一つ取りにいく。
テーブル間を闊歩している間、壁際の席でクラスメート達と一緒に昼食を摂っているエースと目が合った。
彼は何か言いたいことでもあるのか、食事の手を止めて、私をジッと見つめてくる。
(…デザートなんてあったんだ。明日食べよう)
エースの手元にデザートの乗った皿があることに気づき、私は若干、嬉々として自分のテーブルへと戻った。
「カオル!ほら見ろ、全部オレ様が食べてやったんだゾ。感謝しろだゾ!」
『はいはい、感謝〜』
「めちゃくちゃ棒読みなんだゾ…」
私が汚れたテーブルの上を拭き始めると、隣に座ってこちらの様子を眺めていた垂れ目の生徒が、私とグリムの食器の乗ったトレーを持ち上げてくれた。
『ありがとう』
「どういたしましてー」
(…普段、しっかりしてる子なんだろうな)
社会人になって知った。
ありがとう、ごめんなさい、どういたしまして。
そういう挨拶を躊躇いなく日常語として使える人は、社会ではものすごく貴重で、出会ったら絶対。
その関係は大切にした方がいい。
『…ねぇ』
「ちなみに、オレ一応先輩ッスよ」
『あ』
シシシッと。
やけに鋭い八重歯を見せながら笑って、彼はまた遠回しに、今度は「タメ口NG」の意思表示をした。
(…ダメだ、高校生って時点で歳下だから…敬語が抜けてしまう。…あれ?そういえば私今、女子高生の格好してる大人に見えてるはずなんだよな)
こんなアブない大人に席を譲れと申し出てくるなんて。
思った通り、彼は顔に似合わずとてつもなく肝が座っているのだろう。
(ねぇ、名前を聞いてもいいかな、なんて言ったら…流石にドン引きされそう。やめておこう)
『……』
「あれ、なんか言いかけてたッスよね、いいんスか?…話しづらいなら、別にタメでも大丈夫ッスよ。学年勘違いしてたらかわいそうだなって思っただけで」
『あ、いえ…大丈夫です。気にかけていただいてありがとうございます。グリム、行こうか』
「ごちそーさまでしたーだゾ!」