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好きのベクトル【ヒプマイ】

第1章 序章



証拠はたくさんあった。
音声は先程聞いたものの他にも4つ。
あとはSNSの鍵付きアカウントに日付と時間、やられたことを箇条書きにしている。
すぐさまバックアップとコピーを取らせてもらいながら詳しい話を聞く。

「これはお前を辱めたいんじゃない。お前を助けたいから聞く。それを頭に置いててくれ。」

こくりと首を縦に振った少女はSNSのコピーを見ながらぽつりぽつりと言葉を落とす。

最初は1年以上前。
そこから数ヶ月に1回、2ヶ月に1回、1ヶ月に1回、と頻度が狭まっている。
相手は担任である音楽教室。放課後呼び出された準備室で…ということが多数。
それ以外にも授業中に不必要に体を触られたりもあったらしい。

抑揚のない声とガラス玉のような感情のない瞳。
淡々と事実を伝えるあどけない唇。
なぜ周りは気づかないのだろう。
この少女のがらんどうな心に。
こんなに、こんなに分かりやすいメッセージを送り続けているのに。


「1番最近は先週です。放課後呼び出されて…」
「なあ、お前はどうして俺の所に来た。」

問えば抑揚のない言葉が止まりガラス玉が俺を見た。
こんな被害、絶対女性の方が伝えやすいに決まってる。それでも俺…それも相手の先公と似たような年齢の俺に相談なんて…
そう思っていれば少女が口を開いた。

「今年の4月、うちの学校に公演に来てくれたじゃないですか。」

そういえば…そんなこともあったなと思いを巡らせていれば、少女の口が言葉を紡ぎ出す。

「はじめてでした。泣き寝入りしなくて良い方法を教えてくれたのは。」


たしかに言った。
あの時はいじめに関しての講演だったが、日付とメモ、音声データを残せと。

此奴は俺が言ったことを健気に実行していたのか。

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