第10章 私じゃない
安室は今日の彼女との出来事を思い出す。
あの時、自分達を見ていたのはカホだった。
自分はベルモットと一緒にいた。
思わず足が止まってしまった。
あの時の彼女の驚いた表情
あのままなんでもないと告げて離れてもベルモットは恐らくカホの事を詮索する。
俺も足を止めてまでしてカホを見てしまったし、彼女も俺の事を凝視していた。
無関係、という風にはどうやっても見えない。
だったらあの場でベルモットから見て縁を切った、と思わせる方がいいと考えた。
感情を押し殺して彼女に言葉を吐いた。
彼女を傷つける言葉を。
目の前の彼女はただ自分が情報収集の為に抱いた女でこれっきり関係は無い。
ベルモットにはそう映っただろう。
実際彼女はカホと離れた後、貴方本当に最低ね、と言っていた。
ほんとに最低じゃないか
あんな態度を彼女の目の前でとってしまったのだ。
彼女と別れてから彼女の表情が消えていく様子が頭から消えない。
悲しそうな、苦しいような…
彼女の目から涙が溢れた時は胸がグッと締め付けられた。
カホを今すぐ抱きしめて嘘だと謝りたい
そう思った。
すまない、カホ
何度も心の中でそう謝った。
けれど心の中でどんなに謝ってもそれが彼女に届くことはない。
直接謝らなきゃ意味がない
カホにはベルモットの存在を教えていなかった。
組織の話すらほとんどしていない。
だから、自分とよく共に行動しているのが今日会った彼女であり、カホへの関心を無くさせるために咄嗟にとったのが今日の行動だったとカホに早く伝えたかった。
ちゃんと話せば分かってくれるはずだ
そう思った。
けれど彼女は電話に出ないしメールの返信も来ない。
嫌な予感が頭をよぎる。
そんなはずは…
安室はマンションの駐車場に自身の車を止めてエントランスへと入る。
エレベーターのボタンを急いで押した。
中に入って自分の部屋のフロアのボタンを押す。
こんなにエレベーターでの時間が長いと思ったことはなかった。
はやく、はやく着いてくれ
階に着いて扉が開いたと同時に安室はエレベーターを飛び出した。
扉の前で鍵を持つ手が震えた。
カホは中に居るはず
安室は玄関の扉を開いた。