第10章 私じゃない
他はここに置いていくしかないか…
クローゼットに残された衣服の中には彼に貰った物もあった。
彼はびっくりするぐらい私の好みを把握していた。
彼の前で着ることは恥ずかしくてあまり無かったけれど。
私はクローゼットの扉をパタンと閉めた。
今朝より少しスッキリした自分の部屋。
今朝の自分はこんなことになるなんて思ってもなかっただろうに。
2年間の終わりがこんな呆気ないとはね…
私は便箋を1枚取り出す。
机に向き合ってそれにペンを走らせた。
部屋のドアを開けて便箋をリビングのテーブルへと置く。
昨日まではここで一緒に食事をしてテレビを見ていた。
今朝だって朝ごはんを一緒に食べた。
行ってらっしゃいって、彼に見送られた。
この風景も今日で最後。
こんなゆっくりしてる時間はない
私は玄関へと向かう。
靴を穿いてドアノブへと手をかける。
この扉を開けたら、もう元には戻れない。
ここには二度と帰って来れない。
安室さんとはもう会えない。
私は目を瞑った。
色んな記憶が思い出された。
行きたく、ないよ…
思わず口から零れてしまいそうだった。
最後に後ろを振り返って部屋を見渡した。
さよなら
安室さん
しばらくしてカホは前を向いた。
ドアノブをグッと押して扉を開けた。
バタン、と重厚感のある音が響く。
外からガチャと音がして、キャリーバッグを引きずる音とハイヒールの音が段々と遠ざかった。
エントランスへと着いて彼女はポストに何かを落とす。
カツン、とポストの底に当たる音がした。
薄暗い箱の底には2年間彼女が大事にしていた彼の部屋の合鍵がポツンと1人で横たわっていた。
その夜、安室透は組織での仕事が終わり直ぐに車を走らせ家へと向かった。
いつもの彼では絶対にしないような荒々しい運転だった。
さっきから彼女に連絡がつかない。
電話を何度もかけても、メールを何通送っても。
安室は運転中、心の中をざわざわとした焦燥と不安に駆られた。
信号に引っかかる度に大きな舌打ちが漏れた。