第30章 少年の思惑
「今後も以前と同じように夜中に出かけたり数日家に戻れないことが多々あると思う」
すまない…、と降谷は言った。
「ううん、それは降谷さんの正義のためだから。私を気にする必要なんてない」
カホはしっかりとそう降谷に伝えた。
その瞳に揺らぎなんてなかった。
降谷の職を知った以上、自分が降谷の重荷になってはいけないとカホは思っていた。
「降谷さんが無事でいることが分かれば、私は降谷さんの帰りを待つだけだから」
カホは優しく微笑んだ。
降谷はカホの表情に驚き、そして降谷もまた微笑んだ。
「ありがとう」
降谷は一言、そうカホに伝えた。
カホは仕事が休み。
降谷は午後からポアロ。
朝ご飯を食べてから二人はのんびりとリビングで過ごした。
撮り溜めていたテレビの録画を見たり、ポアロの新作のケーキについて話したり
「もし午後に予定がなかったらポアロに来ないか?」
ふと降谷がカホに尋ねる。
まさしく午後は何をしようと考えていたカホはその提案に乗らない手はなかった。
「いつぶりだろう…ポアロに行くの」
「俺が新作のケーキを食べに来て欲しいと言った時以来か」
「そんなに前…」
カホは手を顎に当てて頭の中で時間を遡る。
そんなカホの様子を見ながら降谷はその時のことを思い出していた。
確か、カホが赤井の話をした時だったな
降谷の頭の中に鮮明に当時の光景が蘇っていく。
カホがどこか悲しそうに赤井にの姿を思い浮かべて
でも本人は無意識で
─すごく、素敵な人だったの。私にはもったいないぐらい─
昨日の夜にも浮かんだこの言葉が彼女の声のまま再生される。
目の前でそれを聞いた時は思わずカホの口を塞ぎたくなった。
いつもの安室の表情を保って、苛立つ心情を目の前の彼女にバレないように
「降谷さん…?」
降谷はカホの言葉にハッと意識を戻された。
「すまない…ちょっと考え事をしていた」
「何だか気難しそうな顔してたから」
「ああ、あまり考えたくないことだったな」
降谷はそう言ってカホをグッと自分の方に寄せた。
「何を…」
カホのその言葉の続きは降谷の唇の中へと消えた。