第10章 私じゃない
思わず安室の足が止まった。
「…ちょっと…」
急に立ち止まった安室にベルモットは怪訝な目で安室を見る。
だが安室が見ていたのはベルモットではなく、彼の奥にいる1人の女性。
「どうかしたの?」
安室はベルモットの声に気づき、ニコッと微笑んでベルモットの方を向く。
「いえ、どこかで見た顔だと思ったら前に抱いた女でした」
カホの耳にも安室の言葉ははっきり聞こえた。
「そうだったの?こんな可愛いのに捨てちゃうなんて可哀想」
「ほら、僕に噛みついた悪い子ですよ」
「ああ、キスマークは彼女だったのね」
キスマーク、どうしてそれをこの人が知っているの
カホは目の前の会話に段々と息が詰まりそうな感覚を覚えた。
「安室さ…
「分かりましたか?僕はこういう人間なんですよ。少し優しくしただけで勘違いしてもらっては困りますね」
彼は私が名前を呼ぶのも許してくれない。
これは彼の本音なのか。
キスマークの事も、もしかしたら彼が馬鹿にしたように彼女に話していたのかもしれない。
いや、さっきの話し方からしてそうなんだろう。
ふと彼の奥にさっきのホテルが視界に映る。
彼らはそこから出てきた。
話したも何も、直接見たのかもね…。
行き場のない感情が胸の中に渦巻いた。
「彼、こういう酷い男だから本気にならない方がいいわよ。裏ではこんなに悪い人だから」
彼の隣にいた女の人は彼に腕を絡めたまま私の方を見てそう言った。
この人は知っている彼の本当の姿を私は知らなかった。
ああもうほんとに…
「じゃあ、私はもう必要ないってことですか…」
ザァァーと周りに雨の音が鳴り響く中、消えそうな声でそう言った。
多分、声も震えていた。
「あなたが勝手にそう思ってただけでしょう?それとも、僕にそこまで利用されたかったんですか?」
安室さんは笑ってそう言った。
誰
私はこんな人知らない
こんな冷たい目をした安室さんは…
「…そうですか」
私は耐えられなくて顔を地面へ向けた。
その時瞳からポロッと何か落ちた。
ああもう、泣かないって決めたのに。
「女性を泣かせるなんてほんと最低ね」
「泣かせるつもりは無かったんですがね」
雨の音は大きいはずなのに、彼らの会話ははっきりと聞こえた。