第8章 お招き
彼女は恋人はいないと言った。
ならあの痕は誰に付けられたんだ。
彼女はセフレなどを作るような人ではなかった気がするが。
どっちにしろいい気分ではないな
この前の彼女との口付け。
あれが自分ではない誰かに慰めてもらうつもりだったとしたらそれは気が気でなかった。
ただでさえあんな露出の多いドレス、周りにいた男はこっそりと彼女に視線を送っていた。
見るな
何度もそう思った。
自分から最低な別れを告げといて今更何を言っているのか。
でも忘れられなかった。
あれから何度彼女の事を思い出していたか。
もう会うことはないと思っていたが偶然近所のスーパーで再会した彼女。
最後に会った時よりも大人びて綺麗になっていた。
抱きしめたかった。
けれど今の自分は沖矢昴であり、赤井秀一ではない。
たとえ赤井秀一であったとしても彼女にそう簡単に触れられる権利は自分にはない。
そうは分かっていても
やはり会ってしまっては手放したくないものだな
これからどう彼女に近づいていこうか、
沖矢はいつの間にか短くなっていた煙草を灰皿に押し付け火を消した。
「ただいまー」
玄関の扉を開ける。
中はシーンと静まり返っていて彼はまだ帰ってきていないことが分かる。
今日はそこまで遅くならないって言ってたっけな。
せっかくだし今夜は私がご飯を作ろう
そう思って夕飯の準備へと取り掛かった。
─ガチャ─
スープを器によそっている時、安室さんが帰宅した。
「おかえりなさーい」
手を離すことができず少し大きめの声で言う。
少しずつ彼の足音が近づく。
「夕飯、作ってくれてたんですね」
「はい、たまには」
「嬉しいです、カホさんの手料理」
「安室さんの方が美味しいですけどね」
「そんなことないですよ、僕はカホさんの料理大好きです」
ポークソテーですか、と安室さんはテーブルに並べられた料理を見る。
盛り付けも適当だからそんなまじまじと見ないでほしい。
見すぎです、と言うと安室さんは、いや美味しそうで、と言う。
「もうすぐ出来るので着替えてきちゃって下さい」
安室さんは部屋へと向かう。
しばらくして部屋着に着替えた安室さんが出てきて2人で椅子に座って手を合わせた。