第8章 お招き
「あ、沖矢さんこれ…」
キッチンへ入って行く彼を止めて紙袋を渡す。
「今まで、それはもうほんとに色々とお世話になったのでお礼を」
「そんな気になさらなくていいのに」
「いえ!私がこのままだと気にするので」
「それじゃあ有難くもらいますね」
「お口に合うか分からないんですけど」
沖矢さんは紙袋へ手を入れてそれを取り出す。
「これは…」
私が持ってきたのは手作りのカップケーキ。
コーヒー味の生地にチョコチップを混ぜている。
これはいつも"彼"に作っていたものだった。
あまり甘いものを好まない彼に合わせて作っていたそれ。
作るといつも美味い、と言って食べてくれていた。
いつしか私はそれを作るのが得意になっていた。
安室さんにも作ったことがあって、レシピを教えてくれませんか、と言われた。
簡単なものだから、安室さんが普段作っているものとは比べ物にならないんだけれど。
自分でも自信があるし今回も失敗はしなかったはずなんだけど…
沖矢さんはカップケーキを手にしたまま固まっていた。
「あ、あの沖矢さんがこの前ポアロのコーヒーが美味しいと言っていたので、これなら食べれるかと思って。ごめんなさい苦手でしたか…?」
「いえ、凄く美味しそうだなと思って見てたんですよ」
「そうですか、ならよかったです」
どうやら彼は食べてくれるらしい。
よかったこれにして。
ソファに座って待っていると沖矢さんがトレーを運んできた。
「お待たせしました」
私の前に置かれたのはアイスココアだった。
「ココア…」
「たまたま家にあったので勝手にココアにしてしまったのですが、変えた方がよろしいですか?」
「い、いえ!むしろ凄く好きなので」
「フフ、良かった」
私は目の前のココアにテンションが上がる。
口をつけるとそれは私の好きなメーカーの味。
「ここのココア、凄く好きなんです」
「そうなんですか、なら今度来てくれた時にまたお出ししますね」
沖矢さんはソファの隣にある椅子に腰掛けコーヒーを飲む。
なんだか沖矢さんにコーヒー、シックな椅子がとても似合って絵になっている。
大学院生ってこんなに大人ぽかったっけな。
沖矢さんは私よりも全然年上に見える。
あ、老けているとかそういうわけではなく、なんというか落ち着きや雰囲気が、だ。