第7章 願望
「まあ、ほんとに好きだったし、仲良かったんだよ。だから私は彼とは別れると思ってなかったの。それは私だけだったみたいだけど」
私はグラスに入ったアイスココアを飲む。少し氷が溶けて味が薄くなっている。
私、ココアなんて頼んでないのに
これは安室さんがケーキと一緒に置いてくれたもの。
私は朝はアイスコーヒー、それ以外はポアロではアイスココアを大抵飲む。
だから安室さんは私が何も言わずともそれを出してくれる。
ほんとに優しいな…
これは本当の彼の性格なのか、それとも表面上なのかは分からないけれど、そういうさり気ない優しさに私は漬け込んでいったんだろうな。
"彼"の事を話していたけど、私が今好きな人はこのココアを出してくれた彼。
それは叶うことはないし、絶対誰にも言えないけれど。
もう二度と人を好きになることなんてないと思ってたの。
あんな別れ方をしてもいつも心のどこかに"彼"がいた。
その"彼"から遠ざけてくれたのは安室さん。
最初の頃は彼を利用していた。
"彼"の面影を重ねていた。
でもそのうち彼自身から与えられる優しさに、心がすごく温かくなった。
馬鹿だって、単純だって分かってる。
全ては彼の思い通り。
私は大切な人を作るのが怖い。
いつか居なくなるんじゃないかって。
それも突然、急に目の前から消えるの。
だったらいつか居なくなると分かってるその時まで
あなたを好きでいたいと思った。
だったらまだ気が楽だった。
もしあんな出会い方じゃなくて普通に出会って今のようになっていたとして、彼が私の前から消えてしまったら、
それこそ本当に心を閉ざしてしまいそうだ。
本当は捨てないでほしい
私だけを見て欲しい
ずっと一緒にいたい
怖いんだ
その時が
今はそんな気配が無いからいつも通りにいられるけど
近づいてるのが分かったら私はちゃんと笑えるだろうか
ねえ安室さん
気づいてないでしょう
私があなたにこんなに依存してしまっていること
だったらこのまま気づかないでいて
ココアの中に沈んでいる氷をストローでつつく。
氷みたいにいつのまにか消えちゃうのかな