第1章 恋人
「ただいま」
玄関の扉を開くとクリームのいい匂いがした。帰りの時間を伝えていたのでそれに合わせて作ってくれたのだろう。
「おかえりなさい、お疲れ様です」
リビングへ向かうと丁度テーブルに料理を並べ終わった彼が微笑んで言った。
テーブルに並ぶ料理は何度見てもただの夕飯には凝りすぎている気がする。食費は何度渡しても受け取ってくれないというのに。
「さあ、食べましょう。今回は凄く上手くできたんです」
逆に失敗した料理なんて食べたことがないけど。
「「いただきます」」
熱々のグラタンが口の中に広がっていく。パン粉もいい感じに焦げ、こおばしい匂いが鼻をかすめる。
「おいしい」
「ふふ、良かったです」
どんなレストランより美味しい。素材の味とかでなく、もちろん味付けは完璧なのだが、何よりも愛情のようなものが感じられた。
絶対こんなこと言えないけど。
食事を済ませ、お風呂から出ると彼はテレビを見ていた。
私は彼の横に座った。
しばらくニュースを見ていたが、CMに入ったところで彼が口を開いた。
「今日、ポアロに来てくれましたね」
「はい」
「久しぶりに来てくれて嬉しかったです」
「そうですか」
「カホさんは梓さんに会いたくて通っているんですか?」
「はい?」
「だって僕とは全然話そうとしないですから」
「気のせいじゃないですか」
「目線も合わせてくれませんね」
「気のせいですよ」
「そうですか…」
会話が途切れたので飲み物でも飲もうかとソファから立ち上がろうとした。
が、視界に映ったのは天井と至近距離にある彼の顔だった。
彼の両手で頬を包まれ顔を動かすことができない。
「え、ちょっと、安室さん…?」
「こうしたら僕の事しか見えませんね」
意地悪な笑みを浮かべて彼は私の目をじっと見つめた。
自分の顔に熱が集まっていくのが分かった。
「顔が真っ赤ですよ」
「だって、こんな近かったら...」
「僕達もっと近い時だってあるじゃないですか」
「…っ」
安室はカホの瞳が揺れたのを確認すると満足気に微笑み、彼女の唇にそっと自分の唇を合わせた。