第28章 困惑
カホは内心ホッと安堵すると共に、もしも知らないままだったら、という不安に駆られた。
「ごめんなさい…」
カホは顔を上げて安室の方を見ながら謝罪の言葉を述べた。
「私、安室さんに最低なこと言いました。安室さんを傷つけるようなことも、本職を踏みにじるようなことも…」
「カホさんが謝ることじゃありません。そもそも騙していたのは僕の方です。本当の名前も仕事も知らせないで、長い間カホさんに嘘をついて。今日のように言われるのが普通だと思います。実際、僕は人を殺しているんです…。この手は、既に汚れてしまっている」
安室は自分の手のひらを見た。
「僕はこの国を守りたい。その為には彼らを許してはいけないんです。それはたとえ誰かの命を奪っても、いくつもの犯罪行為をしても…
僕1人だったらいい。多少辛くても耐えられないことはない。
けれど、僕はこの手でカホさんに触れてきた。
嘘をついたまま、人を殺めたこの手で…」
安室は自分の手のひらに今まで何度も自分の目の前で飛び散った赤い血痕が浮かんだ。後に残る硝煙の匂いも、人が床に倒れるその音も、未だに鮮明に覚えている。
「僕はカホさんに初めて出会った日、貴方に大きな嘘をついたんです。現場を見られたから監視として僕の恋人になれ、と。実際は監視なんてせずにそのまま逃がすことだって出来た。けれど僕は貴方に自分との同居を強制した。
そこにはカホさんを手に入れたかったから、という気持ちもあったんです。
一目惚れ、だった。あんな現場を見られた後なのに。
引くでしょう?カホさんを怖がらせた挙句に自分はそう言う下心があったなんて。
カホさんの生活を無理矢理変えさせて、脅しのような言葉も吐いて、カホさんの身体にまで、手を出して
自分のものにしたいって、そう思って
最低なんですよ。僕がカホさんにしてきたことは」
カホの目を見ながら安室は隠し続けてきた1番の嘘を彼女に伝えた。
叩かれても、責められても…カホが家を出て行っても、それを止める権利は自分にはないと思った。
彼女の取り戻せない人生を自分の私欲のために変えてしまった、それがどれだけ罪の重いことなのか、謝っても謝りきれないと思った。