第28章 困惑
カホは突然キスしてきた安室に戸惑った。
最近触れてくることは無かったのに、
と思いながらも久しぶりのキスは何だか苦しそうで
気になって安室さんの方を見れば彼は泣いていた。
カホは安室が涙を流す姿に驚いてキスしている事なんて忘れそうで
思わず彼の名前を呼んだ。
安室は自分が泣いていることに気づいていなかった。
カホが安室の涙を拭って、そこで初めて安室は泣いていることに気づいて
自分で目元を拭えば最後はいつだっかも分からない肌が濡れている感触。
安室は自分がなぜ泣いているのか分からなかった。
「あれ、どうしてですかね…」
涙目になってそう言う安室の口調は普段のポアロの時の彼ので
今は、その優しい口調がなぜかカホには苦しかった。
気づけばカホは安室を抱きしめていた。
「カホさん…?」
「ごめんなさい、でも今は…なんだか、こうするのが一番いい気がして」
カホは自分が言っていることも、行動も理解できていないままただ安室を抱きしめた。
今日は安室さんは敵だったはずなのに、と思いながらも彼を抱きしめる力は増すばかり。
普段余裕そうで紳士的な彼が今のカホにはなぜだか孤独に思えて
電話口の彼の口調を知った後だからか、普段の安室さんの口調が無理しているように感じて
今までこんなこと思ったことはなかったけど、
「安室さん…。本当の貴方はどこにいるんですか」
安室透という人物が、彼の素ではない気がして
「1人で何をそんなに抱えているんですか」
彼の流した涙が、どうしても命を奪う人の涙には思えなくて
「それを聞くのは…いけないことですか」
少しでも彼に感じた孤独を取り除きたくて
しばらくの間、リビングには時計の針の音だけが響いた。
一定のテンポを刻むその音が流れていく時間を示して
2人はその場から離れることはなかった。
「カホさん」
どれほど時間が経ったのか、その沈黙を破ったのは安室だった。
「僕はカホさんにたくさんの嘘をついてきました。中にはきっと許されないものもある」
カホは安室の言葉を静かに聞き続ける。
「それでも、僕は…いや、
俺は…知って欲しい。
貴方に、降谷零という名前を」