第28章 困惑
背中に伝わる硬い感触に、自分は床に寝そべっているのだとカホは理解した。
下腹部には重みがあって、安室さんが馬乗りになっていて
安室さんの目が冷たくて、怒っているようにも見えて
いや、それは当たり前なのかもしれない
殺される
カホはそう思った。
もう包丁へと手を伸ばすことはしなかった。
首に手でもかけられるのかな、
想像もできない苦しみをカホは待った。
秀一さんに、何もできなかった
カホは閉じた瞼の裏に赤井の姿を浮かべた。
「こんな、馬鹿なこと…しないで下さい」
痛みを待っていたカホに告げられたのは安室の苦しそうな小さな呟きだった。
カホはゆっくりと瞼を開いた。
「自分の命を、捨てるなど…絶対に二度と思わないで下さい」
その言葉はカホの心に強く訴えられた。
けれどカホはその言葉が違和感でもあった。
人の命を奪うのが、安室さんの仕事じゃなかったの
彼の仕事とは対象的なその言葉。
カホはなぜ安室がこんなに苦しそうな表情をして自分を見ているのか分からなかった。
「殺さないんですか、私を」
カホは素直に疑問に浮かんだことを安室に尋ねた。
その言葉に安室はもっと切なそうに顔を歪めて
「殺せるわけ…ないだろ。こんなにも愛しているのに」
青い瞳がカホの瞳を見つめた。
その言葉は、カホにとって今までで1番すんなりと心に落ちてきて
いつもどこかで思った、そんなのどうせ嘘なのに、という気持ちが
今回は何も無かった。
信じて、いいのかな
カホは安室の告白に初めてそう思えた。
けれど今はそれを喜んでいる暇はない。
自分の1番の目的は、安室さんの真意を確かめることじゃない
「安室さんは、もう秀一さんを…」
危険に晒すことはありませんか、
カホはそう尋ねようとした。
けれどそれを妨げるかのように呟かれた
「秀一、さん?」
という低くて冷たい安室の声。
カホは思わず慣れた呼び方で赤井の名前を呼んでしまったことに気づく。
しまった、そう思っても既に遅い。
秀一さん
そう呼ぶ彼女の声を聞いた安室の心には、今まで経験した事の無い程の嫉妬と、殺意。