第28章 困惑
「赤井…秀一」
安室から吐かれたその呟きはカホの耳にはっきりと聞こえた。
目の前にいる安室の表情は、驚きと、困惑と、隠しきれていない憎しみ。
カホは今まで見たことの無い安室の表情にやはり彼は赤井を敵として見ているのだと思った。
「もし安室さんが彼を殺す予定であるのならば、私はここを動きません。それでも行くと言うのなら、私は自分の命を捨てる覚悟です」
カホは包丁の取手をぎゅっと力強く握り直した。
カホが描いたのは2つの結末。
これは一か八かの賭け。
安室さんに自分のことが好きかを尋ねたのは今の彼の本心を知りたかったから。
もしもそれが嘘だとしたら彼は迷いなく私の先を進む。
そしたら今までの彼の言動は全て偽りだったということ。
そうと分かれば、私も彼と別れる決意がつく。
彼が玄関へ辿り着く前に…なんとかして彼を…
もう1つは彼の思いが本当で先に進むことの無い結末。
望むのは後者。
けれどその可能性は低い。
彼の気持ちにしても、行動にしても。
どちらにせよ、幸せな結末など待っていない。
カホが1人覚悟を決めている間、安室は理解が追いつかないことが多いながらも目の前の彼女はなぜ自分が赤井を殺そうとしていると思っているのかを考えていた。
恐らくカホは昨夜の会話をバーボンとしてだと思っている。
バーボンの口から赤井、FBIと聞こえたならば犯罪組織にとってそれは敵となる。
そして自分の暗殺の現場を1度見ていて組織のやり方を知っているカホなら赤井が自分に殺されると思ったのだろう。
「カホさんに尋ねたいことがたくさんあるのですが、その前にまず1つ。
僕は…その男を殺そうとは思っていません。
組織からも赤井を殺せという命令は出ていません。
そもそも赤井は2年前に組織を抜けています」
「え?」
カホは思ってもよらぬ事実に思わず包丁を握る手が弱まった。
その一瞬を安室は見逃さず、素早くカホとの距離を詰めるとカホの手首を固定して包丁を手の届かない所に投げた。
「あっ…」
カホは投げられた包丁を追いかけようとするもその手首は安室によって頭上で固定された。
気づけばカホの上には安室が跨っていてその先には天井が見えた。