第28章 困惑
「これから安室さんは彼を殺しに行くんですか」
「彼、とは?」
安室はカホの言葉に表情を曇らせた。
カホが最初に言った死んで欲しくない人、と言うのは彼を指しているのだろうと。
黒の組織のことを知っているとしたらその発信源を彼女にまずは尋ねなければならない。
しかし今この瞬間、安室の意識は存在の分からない"彼"へと向けられた。
カホが自分の命まで危険に晒して守りたい男の存在に。
「安室さんなら知ってるでしょう。あんなに、敵意のあるように話してたんだから」
「敵意?いつの、話をしているんですか」
安室はカホの話している意味が分からなかった。
そもそも今日は暗殺の任務なんて無い。組織の様子を見るために少し顔を出そうと思っていた程度だ。
だから安室にはカホが誰のことを言っているのか分からない。
それに安室はカホの前で組織の話などするはずが無い。
組織の方から連絡が来ても決してカホのいる前で出ることはしなかった。
安室には思い当たる節が何一つ無かった。
「昨夜ですよ。たまたま聞いてしまったんです。安室さんが誰かと電話しているのを」
「電話…」
安室は昨夜の自分を思い出す。
カホが起きている気配に気づかずに無闇に電話をしてしまったことへの反省は後にするとして、今はまず自分が誰と電話をしていたかだ。
昨夜自分が電話をしていた相手は風見だ。
確か、その内容は赤井の今後の観察についてで…
まさか…
安室は困惑の表情を浮かべながらもカホの方へ顔を上げた。
カホは安室の中に彼の姿が思い当たったのを察したのか、何かを訴えかけるような視線で安室を見ていた。
安室はカホの視線からも、昨夜の電話からしても自分の推測は恐らく間違っていないのだろうと思った。
けれどその事実は安室にとって信じがたいものだった。
「どうして、カホさんがあの男のことを、」
そう聞いた安室の声は微かに震えていた。
「誰か分かったのなら話は簡単です。
彼を
赤井秀一を
どうか殺さないで欲しい。
それが私の安室さんへの願いです」
彼女から出されたその男の名前に、安室は思わず息を飲んだ。