第27章 見えない心
その日はカホは普段通り仕事に出かけた。
いつも通りに仕事をこなし、いつもと同じ帰路に着く。
ガチャ、と家の扉を開ける。
おかえりなさい
珍しく中から自分を出迎える声が聞こえ、カホは玄関に置かれた彼の靴を見た。
リビングへ入ると安室はキッチンに立っていて夕飯の支度をしていた。
食器の数からして今日は安室も一緒に食事をするのだろう。
「もうすぐ出来ますよ、今日はグラタンなんです」
安室はカホにそう言って微笑む。
これは安室が最近カホが疲れているのではないかと思い、それが話せないならせめて彼女の好きなものを作ってあげたい、という思いからだった。
安室はカホが喜ぶ顔を期待していた。
期待通りカホは笑顔を浮かべて、それは楽しみですね、と言った。
カホはそのまま自室へと向かった。
再び1人になったキッチンで安室の表情は曇っていた。
安室は気づいてしまったから。
カホが楽しみだ、と微笑む前に一瞬悲しそうな顔をしたのを。
リビングへと戻ってきたカホはソファーに腰掛けてチラッと安室の方を見た。
今日に限ってどうしてグラタンなんだろうな…
カホは安室が自分の好物を作ってくれたという優しさとそう言われたときの笑顔に思わず涙がこみ上げてきそうになった。
私は最近グラタンを食べたいと彼に言った記憶もないし、彼が夕飯を作る時は大抵私に何が食べたいか聞いてくる。
でも今日は何も言われていない。
彼は決めていたんだろう、今日は私の好物を作るのだと。
そう思ったのは恐らくここ最近の私の様子がおかしかったから。
彼の性格からして、言葉にしなくても伝わる形で私をさりげなく元気づけようとしてくれている。
そういう人なんだよ、安室さんは。
そういう、優しい心を持った…
そこまで思ってカホは考えるのをやめた。
これ以上安室への想いを巡らせたら、今度こそ涙が溢れそうだったから。
今朝決めた自分の決意が、揺らぎそうだったから。
安室がテーブルに料理を並べて2人は一緒に夕飯を食べた。
美味しいですね、とカホは何度も安室に言った。
安室はそれを聞く度に、いつもはそんなに言わないのに、と微笑みながら言った。