第26章 それぞれの気持ち
沈黙の時間が怖かった。
あまり喋ったこともない人、しかも従業員の立場でこんなことを思ってたなんて
カホは赤井の今の心情を考えると、どうしても目線を上げられなかった。
「そうか、そんなこと初めて言われたな」
沈黙を破ったのは赤井の言葉。
カホは予想とは違ったその言葉に、ストンと心にのしかかっていた何かが落ちた気がした。
カホは視線を赤井へと向ける。
目の前の赤井は不機嫌そうでも、嫌悪感を感じている様子でもなく、むしろどこか嬉しそうに表情が和らいでいた。
カホは赤井の表情を見て酷く安堵した。
と、同時に気づいた。
私はこの人に嫌われるのをこんなにも恐れているんだな、と。
「そのお礼としてはなんだが、俺はこの店を気に入っている。店の雰囲気もそうだが、ここのコーヒーは他のとこよりも一段と美味い」
この店を心から大切にしているカホにとって赤井のその言葉はどの褒め言葉よりも嬉しかった。
カホは、ありがとうございます、と言おうとした。
けれどカホがそう言うよりも先に赤井が口を開いた。
「その中でも俺は君の淹れるコーヒーが好きだ」
カホは開いた口が塞がらなかった。
「何かコツがあるのか、別の人が淹れたコーヒーとは違うものがあるな」
赤井はさらに言葉を続けたがカホにそれは聞こえていたのか。
カホの頭の中は理解が追いついていなかった。
彼は自分の淹れるコーヒーが好きだと言ってくれた。
そう、言ってくれた。
好きだって、コーヒーが、好きだって
好き
そのワードを聞いた時、カホはエマとの会話を思い出した。
─人を好きになるってどういうこと?─
─うーん、そんなの深く考えたことないんだけど─
─その人の事しか考えられないぐらい、少し話せるだけでも嬉しかった─
その会話が走馬灯のようにカホの頭を駆け巡った。
嘘、
カホの初恋の自覚はあまりに突然だった。
カホはその事実を素直に受け入れられなかった。
だって、まだ会ったばっかで
話したこともそんなになくて
好きだなんて、そんな、
思い違いじゃないか、何度そう思ってもエマの発言と自分の今の気持ちが重なり過ぎていた。