第25章 はじまりは小さなカフェで
その場から動くことも、何か返事をすることも出来なかったカホにとって赤井のその言葉は救いだった。
「あ、はい!今すぐ!」
カホはアーサーに返事をしないで赤井の方へと体を向けた。
お客さんからの話を途中で投げ出すなどカホはこれが初めてだった。
失礼な事だと頭では思っていても、今はとにかく彼の視線から逃れたかった。
カホは無我夢中で豆を挽いた。
案の定、カホに途中で話を中断されたアーサーは不満げに顔を歪ませた。
くそ、あともうひと押しだったのに
心でそう思いながらもアーサーは目の前の彼女を見てふっ、と笑いがこぼれた。
こいつは強い押しには抵抗できない
強引にでもこっちの領域に入れてしまえば、後は勝手に溺れるのを待てばいい
アーサーはカホが自分の言葉に対してはっきり嫌だと言わなかったことから、彼女は拒否の言葉を人に言い難いのだろうと思ったのだ。
そうと分かれば、その性格を利用して既成事実でも作って後は脅迫でもすれば彼女は自分から逃げることができない
アーサーの思考はみるみる酷く下衆なものになっていく。
アーサーは自分に絶対の自信があった。
狙った獲物を今まで逃がしたことはない。
それに今回は自分にとって極上の獲物。
彼の頭の中には彼女が自分の思うがままに扱われている姿が想像出来ていた。
アーサーは笑みが抑えられなかった。
思わず片手で自分の口元を覆い隠した。
そのなんとも異様な彼の姿を赤井は横目でじっと見ていた。
「お待たせしました」
赤井の目の前に再び湯気の立ったコーヒーがコト、と置かれる。
「ありがとう」
「いえ、」
カホは赤井の言葉に思わず首を横に振った。
「すいませーん」
「はーい!今行きます!」
テーブル席の方から注文の声が響き、カホは足早に厨房を出た。
カウンターに横並びの2人。
赤井は無言でコーヒーを飲む。
そんな赤井にアーサーは独り言のように呟いた。
「可愛いですよね、彼女」
そう言うとアーサーは残っていたコーヒーを飲み干して席を立った。
そしてそのまま店を出て行った。
厨房に戻ってきたカホは赤井の隣が空席になっている事に気づく。
カホは内心ほっと胸を撫で下ろして、氷だけ残ったグラスを片付けた。