第25章 はじまりは小さなカフェで
彼女は赤井のその言葉を聞いてから再び尋ねた。
「カウンター席とテーブル席、どちらになさいますか?」
赤井はチラッとカウンター席に目をやってから答えた。
「カウンターでもいいか」
「はい!ご案内しますね!」
赤井は普段カウンターに自ら座ることはない。
テーブル席の方が人と距離が空き個人の空間が広いため、ゆっくりと身を休めたい赤井はテーブル席を好むことがほとんどだった。
しかし今の赤井はそれをしようとは思わなかった。
テーブル席とカウンター、彼女に尋ねられた時点で赤井の選択は決まっていた。
それは、以前カウンターに座っていつもとは違った新鮮な雰囲気に居心地の良さを感じた、というのもあるが赤井がカウンター席を選んだのはその理由だけでは無かった。
彼女の顔を見て、大学にいたあの男を思い出したのだ。
あの様子だと、恐らく彼はカウンター席に座るのだろうと。
そして、仕事中の彼女に執拗に話かけるに違いない。
赤井はそれを遠くからただ見ているだけ、というのはどうしてもいたたまれない気持ちだった。
自分がカウンター席に座って、それがどう変わるのか、と言われるとそれは赤井にも分からなかった。
そもそも赤井は自分がどうしてこんな行動を取っているのか理解していなかったのだ。
アーサーが誰に手を出そうと、正直赤井には関係の無いことだ。
アーサーと赤井は取っている講義が同じというだけで関わったことも、喋ったことも一度もない。
赤井は彼に何の興味も持っていないのだ。
しかしアーサーがここのカフェの店員、しかも恐らく彼女にかつての女達と同じ扱いをしようとしていると思うと赤井は彼に苛立ちを覚えた。
どうしてそんな感情が湧くのか、赤井はカウンターに座りながら考えていた。
自分には関係ないだろ、そう思っても目の前でコーヒーを作っている彼女を見ると、やはりアーサーの行動を黙って放っておくことは赤井には出来そうになかった。
「ホットコーヒーです。お熱いので気をつけて下さい」
コーヒーを差し出し微笑む彼女は自分があの男にどんな風に思われているのか知りもしないだろう。
知らないままでいい。
いつもの彼女でいて欲しい。
赤井はコーヒーに口をつける。
やはりそれは極上の味わいであった。
しかしあんなに待ち遠しく思っていたはずなのに、今の赤井には以前より味を楽しむ余裕は無かった。