第25章 はじまりは小さなカフェで
次の日、赤井は大学を出てすぐに昨日訪れたカフェに足を進めた。
ベルを鳴らして扉を開けると昨日と同じソプラノの声が聞こえた。
「いらっしゃいませー!」
彼女はお盆を手にしたまま扉の方向へクルッと体を振り向かせた。赤井の姿を見た途端、既に浮かべていた笑顔がもっとパッと明るくなった。
「あ!昨日の方!また来てくれたんですね!」
彼女は赤井を案内しようと席を探す。
テーブル席は満席で今はカウンター席しか空いていない。
「カウンター席でもいいですか?」
「ああ、構わん」
赤井は彼女が自分を覚えてくれていたことに素直に嬉しさを感じた。仕事上人の顔を覚えることが基本だとは言えど、やっぱりいざそれを自分の身で体験すると悪い気はしなかった。
「ホットコーヒーを」
「かしこまりました!」
注文が入るとすぐに彼女はコーヒーを作り始めた。赤井は彼女の手先をついじっと見つめていた。昨日はあまり店内を見ていなかったが、ここのオーナーの趣味なのか、古いレコードや音楽雑誌などが棚にずらっと飾ってある。インテリアもこだわっているらしく、普段目にしないような形の複雑な椅子などが店内には多数置かれていた。
またカウンター席と言うのも厨房の様子がよく見え、普段とは違った雰囲気を味わえる。
自分の予想以上にいい店だ
「お待たせしました、ホットコーヒーです。お熱いので気をつけて下さい」
彼女は両手でお皿を持って赤井の前に置いた。
赤井はカップを左手で持って口へ運ぶ。
昨日と同じ、味わい深い後味が赤井の口内に残った。
「お嬢ちゃんはすっかりこの店の看板娘だねぇ」
赤井はその声にコーヒーを飲むのを止めてふと隣を見た。
白い髭を生やして、シワ混じりの顔の老人だった。
「ふふ、ここに来て下さる人達はみんなフレンドリーですからね。ついたくさんお喋りしちゃて、よくオーナーに怒られます」
皿を洗う手を止めずに彼女はそう言う。
「お嬢ちゃんの性格の良さだろうね、話したくなっちゃうんだよ、不思議とねぇ」
老人は恐らく常連客なんだろう。彼女も口調が軽やかでニコニコと笑いながら会話に花を咲かせている。
まだここに来て2回目だが、彼女の人当たりの良さは赤井も気づいていた。彼女の周りは常に温かい雰囲気が溢れている。常連客と一緒にいるとそれはより引き立って見えた。