第23章 信用できる人
どれぐらいそうしていたのだろうか。
身体から締め付けが無くなった時は十数分そうしていたんじゃないかと思うほど。
今日は安室さんは家に帰って来ないと言っていた。
だから早く帰らなければいけないなんてことはないけれど、このままここで突っ立ったままという訳にもいかない。
私は昴さんの横を通って二階へ向かった。
昴さんは何も言わなかった。
元々ここに来た時も十分な荷物は持って来れなかった。
だからこの家にある荷物はそんなに多くない。
一度で全部持っていくことが出来る。
だからこの荷物を持って帰ったら最後。
私はこの家にもう来ることはない。
いや、出来ない。
たった一ヶ月。
されど一ヶ月。
ここに来て色んな事があった。
昴さんともこんなに関わることになるとは思ってなかった。
好きだと言ってくれた、身体の関係も持った、辛い時に自分を利用してくれていいと言ってくれた。
本当に色んな事があった。
両親が亡くなってからこんなにも信用できる人はいただろうか。
こんなにも私を助けてくれた人はいただろうか。
昴さんは一緒にいて心地よくて、安心できて
この一ヶ月は特に嫌なことも、苦しいこともなくて
すごく…楽しかった。
私は最後の荷物を鞄に入れて全ての荷物を持って部屋の扉を開けた。
一階へ戻ると玄関の所にはまだ昴さんがいて
「昴さん」
彼の前に立って彼の名前を呼んだ。
自分の方を向いた彼の表情は何を考えているのか読み取れなくて
「一ヶ月お世話になりました。本当にありがとうございました。…ちゃんとお礼が出来なくてごめんなさい」
「本当に、出て行ってしまうんですね」
「…はい」
「…一つだけ、私の願いを聞いてもらえませんか」
「なんでしょうか」
「連絡先は、残しておいてくれませんか」
「でも…私には昴さんにもう合わせる顔がありません…」
「私が、カホさんに会いたいと言うのは迷惑でしょうか」
「っ…いえ、そんなことは」
「私はこのままカホさんとお別れというのはしたくありません。前のように家に来て話したり、そんな仲でもダメでしょうか、」
「でも…」
「私がそうして欲しいと言っているんです。カホさんはそれも嫌ですか?」
「そんなわけ、あるはずない」
昴さんは私の手を握った。
見上げた彼の目は、少し穏やかに見えた。