第23章 信用できる人
「分かりましたか?」
「…分かりました」
彼の言葉に思わずそう返事をした。
絶対自分では出来ないのに今は彼に従わなければいけないようなそんな気がして
ふと手首から重みが無くなる。
自分のそこに目線を下げると黒い手錠はもう付いてなかった。
それは既に安室さんの手の中にあった。
解放された私の手は別々に動き、当たり前のそれに私は少し違和感を感じた。
テーブルに並べられた料理は少し冷めてしまっていた。
それを椅子に座り直して二人で食べた。
何をしていたんだろう
冷めても美味しい彼の料理を口に運びながらそう思った。
昴さんの家に行きたい
お風呂から出た私はソファーに座ってパソコンを開いていた彼にそう言った。
彼はパタンとパソコンを閉じてソファーから立ち上がってこちらへ近づいてきた。
「どうしてですか?」
乾いたばかりの私の髪を掬いながら彼はそう尋ねた。
「ずっと帰らないわけにも行きませんし…もしこのままここに住むようだったら荷物も取りに行かなきゃいけません」
「そのままあの男の家に戻って帰ってこないんじゃないですか?」
「そんなこと、しませんよ」
「本当に?」
「しません」
私は彼の目を見てそう告げた。
彼は掬った髪を持ち上げてそこに口付けをおとした。
私の様子を伺うようにじっと視線をこっちに向けたまま
「沖矢昴にはどう説明するつもりなんですか」
「一人暮らしをする、と」
「それで手を引くようには思えませんけど」
「だってそれ以外に何て言ったらいいのか…」
「僕と付き合うことになった。
そう言って下さい」
「…え?」
「そうすれば向こうも手を引かざるを得ないでしょう」
「そうだとしても、そんな嘘言えません」
「どうして?」
「安室さんとはそんな関係じゃないですし、昴さんにそんなこと言えません」
「沖矢昴にそう言えない、とは」
思い出したのだ。
私は昴さんに告白されているのだと言うことを。
そんな彼に安室さんと付き合うことになったから家を出たいなんてそんなことは言えない。
恩を仇で返す
とはまさにこう言うこと。
あんなに優しい彼にそんな嘘言えない。
それに…安室さんと付き合うなんて嘘だとしても言いたくない。
そんな残酷な嘘、誰かにつきたくもない。