第22章 静寂
彼に触れられているところからいつもより彼の体温を意識してしまいそうだった。
そんな顔で言わないで
そんな風に手を握りながら言わないで
そんな言葉を私に…
嘘なら言わないでよ
「ごめんなさい…。まだ安室さんの事を全て信用できる訳じゃありません。昨日の今日で今の状態もちゃんと把握出来ている訳じゃない。今は、色々考える時間が欲しいです」
「…そうですか。僕もカホさんとゆっくり話したいんですが、生憎今は時間がありません。今日はカホさん仕事休みですよね。前のようにこの家は自由に使ってもらって構いませんから」
すみません、と彼は言った。
そのまま安室さんは玄関へと向かった。
なんだかこの状況に懐かしさを覚えて
無意識の内に彼を見送ろうと私も玄関へ向かっていた。
「あぁ…見送ってくれるんですか」
ふと私の存在に気づいた彼がこっちを振り向いた。
逃げることもできずこの状況になってしまっては言うことは1つで
「行ってらっしゃい」
目の前の彼にそう言った。
安室さんはどこか嬉しそうな顔をしていて
「カホさんちょっとこっちに来てもらえませんか」
その言葉に従って彼の方に近づけば後頭部をグッと掴まれた。
「んんっ…」
唇に感じる柔らかな感触にキスされているのだと分かって
仕事に行くんじゃないの、と彼の胸を叩いてもビクともしなかった。
しばらくしてヌルッとした何かが口内に侵入してきた。
「はぁ…んっ…」
朝からするようなキスじゃない。
こんなに舌を絡ませて口内を暴れて
ふと目を開ければ彼の瞳と目線が絡んで
急に恥ずかしくなって、でも目線は逸らせなかった。
「はぁっ…」
無駄に長いキスから解放された私は酸素を求めた。
そんな私に対して彼は余裕そうで、濡れた口元を拭って
「行ってきます、カホさん」
そう言って玄関の扉を開けた。
一人残された私の心は穏やかではなかった。
信じてくれ、といいながら急にこういうことをされて彼は本当に何を望んているのか分からない。
多分私がそれで彼を嫌いになれないことを知っているんだろうけど。
実際困惑はしても彼からのキスに不快感は抱いていないのだから。
机の上には朝食が置かれていて私は普段の倍の時間をかけてそれを完食した。