第3章 居場所
「一旦中に入れ。」
しばらくしてお父さんがそう言った。
確かにこのままでは近所迷惑だし、変な噂が立ってしまうかもしれない。
こんな真夜中に来たのだ。両親は寝巻き姿だった。
起こしてしまったのかもしれない
家に入り、両親の背中を見て今の自分を責めた。
リビングへ入り椅子に腰掛けた。目の前にはお父さんが座る。
私は何も言い出せなかった。22にもなって失恋で夜中に実家の前で泣き喚いたなんて言えなかった。
馬鹿馬鹿しいと呆れられるだろうか。
「とりあえずこれでも飲んで落ち着きなさい」
そう言ってお母さんはホットココアを目の前に置いた。
子供の頃から好きだった。
甘ったるいぐらいのココアが好きだった。
ココアの白い湯気が渦を巻いて昇っている。
私はそれに口をつけた。
甘い香りが鼻に抜ける。暖かくて甘くて、それがすごく心に染みた。
─カホ、手を出せ─
─え、どうしたの?─
─ほら、─
─あ…!ココア!買ってくれたの?─
─好きだろ?それに今日は冷えるからな─
─ふふ、ありがとう─
だめだ、また思い出してしまった。
彼はよくココアを買ってきてくれた。自分はこんな甘いのは飲めない、と言いつつも私の好きなメーカーのココアは一緒に飲んでくれたりした。
「…っ」
また涙が溢れた。もう泣かないつもりだったのに。
「彼と別れたのか」
両親に見せる顔がなくて俯いてた私にお父さんは声をかけた。
私は驚いて顔をあげた。涙でぐしゃぐしゃになった酷い顔だったと思う。
「ここまでお前が落ち込むとすれば彼ぐらいしか俺は思いつかん。」
お父さんは私の目をじっと見て真剣な顔で言った。
最初から分かってくれてたのか
「私もそう思うわ、だってカホ彼のこと大好きだったじゃない。」
お母さんは私の隣の席に腰掛けてそう言った。
「別にいいのよ、泣いたって。ここで泣かなくてどうするのよ。」
お母さんはポンポンと私の背中優しく叩いた。
「…ぅっ、…彼、に…他に、好きな人ができた、…って…っ」
私は再び俯いて泣きながらそう告げた。
「そう…」
お母さんはしばらくの間ずっと背中を叩いてくれていた。