第14章 訪問者
「赤井さん」
「なんだい坊や」
「頑張ってね」
「言われなくてもそのつもりさ」
コナンは赤井に安室のことは言わなかった。
まだちゃんとした確証がないし、これは自分の憶測にしか過ぎない。
それに、目の前の彼を見て、それを言うほどコナンも空気が読めないわけではない。
カホさんの心を取り戻してね、赤井さん
コナンのさっきの言葉にはこんな些細な願いが含まれていた。
「カホさん、昴さん、また来るねー」
「ええ、いつでもいらして下さい」
「またねー、コナン君」
カホと沖矢は玄関でコナンを見送る。
コナンがこの時、普通に恋人みたいだな、と思っていたのは2人には知られることもなかった。
コナンが帰ったあとの工藤邸はなんだか静かだった。
それは人数が減った、と言う単なる理由だけではない。
カホがコナンが帰ってから口数が減り、沖矢が話しかけても笑って返事をするだけだった。
コナンが来る前はもっと軽い感じで話していたはず。
沖矢は自分と坊やが2人で話している時に何かあったのだろうか、と疑問を抱く。
が、特に何も思い当たることもなく目の前の彼女を気にかけたままだった。
夕飯の時になって2人は向かい合って食事を取る。
「美味しいですか?」
「はい、とても」
この時もそうだった。
いつもならカホは自分から沖矢に伝えていた。
これが美味しい
これが好き
少し味付けが濃い
でも今日は沖矢が話しかけるまで何も言わなかった。
彼女はわざとやっているわけではなかった。
無意識だった。
彼女の中では普段通りに過ごしていると思っているのだ。
いつものように笑い、いつものように会話して。
彼女がそうできなくなっているのは、やはりコナンの言葉を聞いてからだった。
彼女の頭には一人の男が出てきては消えるのだ。
考えたくもないのに、勝手に浮かび上がってきてしまう存在。
ここ1週間考えないように生活していたのが、彼の名前を聞いただけで振り出しに戻ってしまった気分だった。
彼女の意識は完全にそっちに取られてしまっていた。
笑ったかと思えばすぐに表情が元に戻ってしまう彼女。
会話も途切れ途切れで、ただ沖矢の言葉には返事を返すだけ。
沖矢が不審がるのも無理はなかった。