第11章 出会い
急に自分を殺そうとしていた男と一緒に住む、それは普通の人にとっては恐怖でしかないだろう。
逆らわない方がいい、そう思っているのだろうか。
それなら彼女には今とても申し訳ないことをしている。
それでも…
消えないでくれ、俺の前から。
この国から。
「カホさんはここの部屋を使って下さい。明日にでも荷物が届くようにするので。今日はまだベッドがないので僕の部屋のベッドを使ってもらうようになります」
そう言うと彼女は驚いた顔をして、またさっきの感情の分からない顔に戻った。
「それは、その…体の付き合いをしろ、ということですか」
彼女は俯きながら俺にそう言った。
何を言っているんだ。
俺は彼女の言葉がすぐに理解できなかった。
ああ、そういうことか。
そこまで俺が悪者に見えているのか。
「いえ、カホさんは1人でベッドを使って下さい。僕はソファーで寝るので」
「え、いや、それは貴方に悪いです。なら、私がソファーで寝ます」
「何言ってるんですか。女性をソファーで寝かすなんて出来るわけがないでしょう」
「ここは貴方の家でしょう?私は居候みたいなものです。ベッドを使う権限は貴方にあります」
俺は彼女を居候としてここに来させたんじゃない。
それより、さっきからなんだ
貴方、とは
「この家に住んでいる僕がいいと言っているんですよ。それよりカホさん、貴方、は辞めませんか?」
「どうしてですか?」
「これから一緒に過ごすのに、ずっと貴方と呼ぶつもりですか?」
「だって貴方をそんな親しく呼べるような関係じゃ…
「ほら、また言いましたね。これから貴方、は禁止にしましょう」
「そんなの無理よ」
「なら…」
俺は彼女の顎をクイっと上げる。
そして自分の顔を彼女の顔に近づける。
鼻先が触れてしまいそうなぐらい、彼女の顔が近くにある。
ああ、ほんとに綺麗だな
「次に貴方、と言ったらこの唇にキスしましょうか」
そう言って彼女の唇を親指でなぞる。
それは柔らかくて、今すぐにでも自分のそれを重ねたかった。
「…わかりました。…安室さん」
彼女は小さな声で言った。
安室さん、この名前がこれほど良く聞こえたことはなかった。
「はい、それでいいです」
俺は彼女から手を離した。
まだ指には彼女の唇の感触が残っていた。