第77章 名前を探して
木谷さんは再び歩き始めたので、俺たちはまたついて行った。
「夢の中のは完全に夢に取り込まれていた。もう時間がないのは明白だ。あそこまで酷いとは思わなかった。…受け取った人物の記憶が悪かったんだろう。」
数日前の夜。阿国と最後に会った時のことを思い出した。
は霞守の記憶を見ている。それはあまりにも鮮明な記憶で、自分の記憶と錯覚してしまうほどのもの。
「だからアイツを引き戻す。名前を呼ぶ。」
「…どうやってですか…それに、先ほどから何をしようとなさっているのですか?」
胡蝶は青い顔をしていた。…不可思議なことばかりで分からないのだろう。
「舞いは一年に一度奉納されていた。受け継がれるものは受け継がれ、記憶などがなくても僕らは意思をつないでいくことができたんだ。」
木谷さんはようやく立ち止まった。
そこに見えたのは、立派な屋根のある舞台だった。
神社の本殿から立派な橋がつながっていた。
「こんな立派な場所があったなんて知りませんでした…!」
「まあ、お参りする場所の裏側だからね。普通こんなところまで来ないよ。」
舞台の側には一つの立て看板があった。そこに書いてある、毛筆の古めかしい文字を胡蝶が読み上げた。
「『神が舞えば霞は晴れるだろう。
人々が苦しんだ歴史も記憶も消え去り、民は笑い続けるだろう。
しかし何もかもを失ってはいけない。
忘れてはいけないものがある。
霞に包まれるような事実もまた我らが受け継ぐべきものである。
心して舞わん。
我らは霞を守る者。
霞に包まれた記憶を守る者。』」
木谷さんは立て看板の文字の上に手を添えた。
優しくなぞるように。切なげにその文字を見ながら。
「忘れてはいけないんだ。この美しい世界の平和のために戦い抜いた彼らのことを。命を投げ出し、全てを投げ打って幸せだと笑っていた彼らのことを。…鬼殺隊を。ここにはそう書いてある。」
「…じゃあ…霞守は……」
「この神社の人たちは、鬼殺隊のために…?」
「そう。…何百年とたったこの時代でも、まだ鎮魂は続いている…いや、続いていたんだ。」
木谷さんは過去形に言葉を変えて、じっと舞台を見上げた。