第77章 名前を探して
「帰ってくるよ。」
木谷さんは笑った。
「…約束してくれたからね。」
意味深な笑顔だった。
「帰ってこないはずがない。君がいる。」
「…俺?」
「帰ってくるでしょ。アイツはいつもそうだった。任務でどんなにボロボロになっても帰ってきた。」
木谷さんはふっと微笑む。
今まで見たことがない優しい笑顔だった。
「名前を呼んであげなきゃ。」
「名前?」
「自分を見失うから。」
木谷さんのいうことはわからない。…なぜこうも周りくどい言い方をするのだろうか。
「どうして訳の分からない言い方をするのかって思っているでしょ?」
「っ、…それは」
認めようも怒られてしまいそうで強く肯定ができなかった。
「…僕は覚えていないんだ。寝ていた時の夢は覚えているけど、目覚めた時の記憶はほとんどない。だからはっきりと言えないんだ。」
「…。」
「でもね、名前を呼ばれた気がする。たくさん。…名前を呼ばれたら答えたくなるし、安心できる。……。」
木谷さんは続けた。
「…そうしたら目覚める気がするんだよ。あの居心地の良い世界から戻ることができる。」
「目覚める…」
「ま、頑張れば?」
投げやりだが思いやりのあるような言葉だった。
「……あと、ここの神社の人たちなら一足先にどっか行ったよ。」
「!何で知って…」
「教えてくれる人がいるからね。」
木谷さんがにこりと笑う。俺と胡蝶の後ろ…虚空を見つめているようだが、そこには誰もいない。
「ここの人たち、母親がまずいね。…子供を追い詰めている。」
「どこに行かれたかわかりませんか?」
「……。」
木谷さんは首を傾げた。…分からないってことか?
「君たち、やばいのは男の子だと思ってる?」
「え?」
突然の質問に胡蝶が驚く。
…急になんだ?
「違うよ。全く。一番やばいのは、女の子だ。」
「……阿国が?」
「名前までは知らない。けど、そうらしい。」
…?
「でも、不死川くん。優しくしてあげたんだね。喜んでるんだって。」
「さっきから、誰と話してるんですか…」
俺はついに聞いた。
木谷さんが微笑む。
その時、風が吹いた。
「……君だよ」
木谷さんの見る後ろを振り返る。そこには誰もいない。
だが、この風はどこか懐かしい気がした。