第77章 名前を探して
朝食を済ませたあと、阿国は制服に着替えて、自分の鞄を持った。
「一緒に外でたらまずいですよね、阿国は先に外に出ます。なんか言われたら隠し子ですって言いふらしときますね!!」
「親戚の子ってことにしとけェ!!!とっとと帰れやッ!!!」
「いや〜ん怖いッ!」
阿国はケラケラと笑った。
ああ、全く。こう言うところはアイツと似てねェ。
「あのね、私本当に嬉しかったんですよ。」
「?」
「わがまま聞いてくれてありがとう、先生。」
俺はその言葉に冷静になって怒鳴るのをやめた。
「…ガキはわがまま言うもんだよ。」
「……。そっか。」
阿国は顔を伏せた。
「……前世じゃ信じてた人に裏切られて、今世じゃ親に見捨てられて……」
その表情が見えなかった。過去に何があったのか、細やかなことはわからない。
「……たまにね、すごく悲しくなるの。」
阿国が顔を上げる。
笑っていた。
幸せそうな笑顔だった。こちらまで幸せになるような。
「でも、楽しいこともたくさんあるからね、すごく嬉しくなるの。先生も嬉しいことがあると良いね。」
「ふん、嬉しいことなら今あったよ。」
「?」
「お前が帰ることだ。」
俺が言うと、阿国はクスクスと笑った。
「やだあ。先生のイジワル。」
「うるせェ。とっとと兄貴のところ行ってこい。」
「うん、行ってくる。またね先生。」
阿国がドアの向こうに消えていく。
一気に部屋の中が静かになった。
テーブルの上には二人分の空の皿。
やけに悲しげに見えた。
ひどく虚しく思えて、なかなか片付ける気にはならなかった。
仕方なくそのままにして俺は仕事に出かけた。