第74章 さらば雨雲
阿国はそこまで話して、俺に夢日記を差し出した。
「……ごめんなさい先生、私のせいでさん悩んでたみたいですね。」
「ああ、別にいいんだ。色々言ってくれてありがとなあ。」
「良いんです。私も話せてほっとしました。」
阿国は微笑む。
「なあ阿国」
「はい?」
「まだ聞きたいことがあるんだ。」
俺は夢日記を受け取った。
「前に病院で会った時、『このままだと兄さんの記憶の遺伝を受けたも死ぬ。」』。そう言ったよな。」
「それは」
「これについても教えてくれねえか。この日記で記憶の遺伝は終わったのか。それともアイツは今も記憶の遺伝を受けているのか。」
阿国は少し考え込むような素振りを見せたが、すぐに答えた。
「記憶の遺伝を受けてる状態だと思います。ただ……影響が大きいんだと思います。」
「どういうことだ」
「記憶が本物になりつつあるのではないかと。」
その意味がわからず、俺は首を傾げた。
「力が薄れているとはいえ、さんも力を受け継いだことに変わりありません。遺伝した記憶を深く見てしまうのだと思います。その結果、兄さんがはるか昔に見ていた未来の記憶を本当に自分のものだと思い込んでいるのかも…。」
俺は冷たい汗が背中に伝うのがわかった。手の温度が冷え切っている。
「このままだとどうなる。は何の夢を見ているんだ。」
「日記の内容では、時系列がバラバラな状態で私の夢を見ています。私もそうでした。他人の記憶は少なくとも、そう長くは見られるものではないのでしょう。…今現在、長く深く眠り続けている状態にあるということは…。」
「自分の記憶を見ているのか」
阿国の言葉に自分の言葉を被せる。阿国は頷く。
「ただし彼女自身の正しい記憶ではなく、あくまで兄さんの記憶です。兄さんの記憶は全て正しいものではありません。あの人はおおよその正しい未来しか見えないので、細かい言動は異なります。」
そう言う阿国の顔は眉間にしわが寄っていて、厳しいものだった。ただならぬものを感じてまた背中に冷たい汗が伝った。