第74章 さらば雨雲
「彼女は今兄さんの記憶をのぞいているんです。」
俺はしっかりせねばと思うが、そう考えるほど頭が真っ白になっていくのを感じた。
「……これは兄さんが言っていたことですが…。遺伝している記憶を持つ者と、記憶の遺伝を受けた者が同じ時間に生きているとどうなるか…これが問題なのです。」
「いったいどうなるんだ?」
「繋がるんです。二人の人間が。」
阿国は嘘のようなことを真面目な顔で言った。
「さんは兄さんの記憶に介入しすぎた。逃げ出すことができません。……その記憶の持ち主の兄さんが…万が一死んでしまうことがあれば、どうなってしまうのでしょうか。」
「……。」
「……さんも、時を同じくして…死んでしまうのではないでしょうか。」
阿国の説明を何とか理解しながら、俺は頷いた。
「でも、霞守は目を覚ました。」
「兄さんが無事ならさんも無事です…。でも、その反対も一緒なんです。」
「!!じゃあ、今が危ないから霞守も危ないってことか!?」
阿国は頷く。
「……でも、二人とも生きてます。………。」
「そうはいっても、は二ヶ月も眠り続けてるんだ。」
俺達はしばらく頭を悩ませた。しかし、当然答えはでない。
「……わかりません。夢がどこに行き着くのか、それは彼女次第ではないでしょうか。」
「……死ぬのか、アイツは」
阿国は首を横に振った。
「わかりません。生きても、目を覚さないままでいるかもしれない。」
アイツが眠り続ける原因はわかった。けれど、どうしたらいいのかわからない。
気づけば、外から雨の音は聞こえなかった。雨は止んだらしい。
けれど、霞のような、はっきりとしない漠然とした絶望のようなものが目の前を覆って、喜ぶことはできなかった。