第74章 さらば雨雲
家に帰ると、ソファーの上に座っていたはずの阿国がいなかった。俺は思わず手に持っていたこの部屋の鍵と車の鍵を手から落とした。
「阿国…ッ!?」
まさか、この土砂降りの中外に出たのか!?…もしかしたら兄の元に行ったとか。ああ、あり得る。……でも部屋の鍵は閉まっていた。じゃあまだこの部屋にいるのか…?
「せんせぇー」
俺が頭をフル回転させていると、か細い声が聞こえた。
「せんせえ、助けてえ」
続けて、そう聞こえた。
声のする場所はすぐそこで、俺はソファーの後ろに回り込んだ。
「せんせえー」
「………何してんだァ?」
壁とソファーの少しの狭い隙間に阿国は小さくなって座り込んでいた。
「ね、猫ちゃ、猫ちゃんがあ」
「あ?」
猫?おはぎのことか?思えば帰ってきてからあいつの姿を見ていない。寝てるかと思って放っておいたが…。慣れていない人がいると人見知りを発揮して暴れ回るので都合がいいと思っていたのだが。
「にゃあん!!!!!」
「きゃあ!!」
おはぎの鳴き声が聞こえて、阿国が悲鳴を上げる。
その足元にはおはぎがいた。
ポムポムと小さな短い足で阿国の制服のスカートをたたいている。
「ふにゃあ、にゃあ〜ん、ゴロゴロ…」
おはぎが鳴く度に阿国は悲鳴を上げる。
「……お前、動物苦手なのか…?」
「わ、悪いんですかあ!!お、おお阿国は…ッ、小さい頃神社に迷い込んで来る子猫に追いかけられて数十分間追いかけっこを「ゴロゴロ」ッきゃ」
………。
それ、無傷で済んだんじゃねえのか。まあ……こんなに怯えるならよほど怖いんだろうな。
「ほら、こっち来い阿国。そんな狭いところにいるから逃げられねェんだよ。」
俺が手を伸ばすと、阿国はピタリと動きを止めた。
しかしそれも一瞬で、俺の手を握った。引っ張り上げて隙間から出してやると、ホッとしたように胸を撫で下ろした。
だが当然おはぎはついてくる。
「ええん、もうやだあ」
阿国はえんえんと泣き出して、俺はギョッとした。
……。そこまで怖いのか?なんか大袈裟だな。
確か、初めて会ったときも泣いていたか。確か霞守は『かまってほしいだけ』と言っていたか。
阿国はどうも、寂しがりやというか…霞守が自殺をしようとしたときも一人にしないでと懇願していたのを思い出した。