第74章 さらば雨雲
「時透」
名前を呼ぶと、乱暴に涙を拭って顔をあげた。
「………もし…霧雨さんがいたとして、お前は会おうと思うか」
「もちろんです」
「例え、霧雨さんがそれを望まなくても?」
時透は話すのをやめた。
「どうする、会いたくないって言われたら。」
「……。」
想像もしていなかったのか、黙ってしまった。
「……俺の知ってる霧雨さんなら、絶対そう言うと思う。」
が時透のことを思い出した時は会いたいと言っていた。会いたいと言うよりは、この平和な世界で生きているところを見てみたいと口にしていた。
見ていて痛々しいほど思い出しては苦しむのでそれが嫌だった。悲しそうな顔をするので堪らなくなった。
霧雨さんは周りを突き放す。隠して、隠して、秘密にする。秘密がわかった頃にはもういない。
「あの人にお前の考えは関係ない。」
秘密にされたこちら側は置いてけぼり。
……それほど覚悟の強い人だ。揺るがない。大切なものでも切り離す。あの人は、そういう人だ。
「それでも会いたいのか。お前は多分、報われないままだぜ。」
ずっと黙っていた時透は、そこで声を出した。
「それでも」
その瞳は、暗い車内の中で青く静かに輝いていた。
「僕は、会いにいくと思います。」
迷いのない言葉に、俺は深くため息を吐いた。
「もういい。変なこと言ったなァ。忘れてくれや、さっさと帰ンな。」
「あ…はい、送ってくれてありがとうございました。」
時透はにこりと微笑んで、軽く頭を下げた。そして車から出て傘をさして、小走りで去っていった。
あいつが家の玄関のドアを開けるのを見届けて、俺は車を発進させた。
「ったく、似たもん同士が。」
頑固なのは師弟そろってのことだ。
会いたい者と、会いたくない者。それぞれがそれぞれの思いを抱えてすれ違う。
全てを見てきて、今も全てを見ている俺は頭が痛くなる。