第69章 たかだか人間
飯を食っているときに、玄弥が帰ってきた。
「おかえり」
モゴモゴしながら言うと、玄弥は控えめにただいまといった。
この前、表彰状を破った件以来、ほとんど会話もなかった。
あの時の俺は必死だった。
にもう一度プロポーズしようと計画を立てていた頃だった。
『玄弥くん、もしかしたら記憶が戻っているのではないですか?』
そう胡蝶に言われた。
それを聞いて俺は頭が真っ白になった。なぜそう思ったのか聞いてみると、今まで一度も話したことがないのに話しかけられたそうだ。
『変な夢を見るそうです。そこに私が出てくると…もちろん、あなたも。ですから可能性は高いと思います。』
俺は確信した。俺もそうだ。ある日突然夢に見て、記憶は戻る。俺はあの大事故の後に目覚めたら戻っていた。
射撃部に入っているのは、まさか無意識のうちに前世を意識しているからだろうか。
悩んでもわからねえが、俺はどうしても記憶を取り戻して欲しくなかった。射撃部もやめて欲しかったが、玄弥に言っても聞きやしねえ。だからあんな行為に及んだわけだ。
は多分。俺の戸惑いや迷いに気付いていたんだろうと思う。だがそれに触れてくることはなかった。
俺は一度弱音を吐いたし、それに対して心配もかけたが、俺が知らないフリをしたからただ信じてくれたんだ。
「兄貴!」
「実弥!」
悶々と考え事をしていたら母さんと玄弥から名前を呼ばれた。
いつの間にか玄弥が制服から着替えて俺の向かいに座っていた。母さんは俺の肩に手を置いて心配そうに見つめていた。
「何回も呼んでるのに返事がないから…」
「あ、あァ…悪い」
俺は慌てて取り繕った。母さんが俺の肩から手を離す。
「大丈夫…?」
玄弥が遠慮がちに聞いてきた。
「…大丈夫だァ。ちょっとぼうっとしてた。」
「そっか…。」
俺は箸を進めた。
「そう言えば、今日霞守と話したんだけどさ。」
「霞守とォ?」
「ああ、あの頭のいい子でしょ?」
「そうそう。隣のクラスなんだけど、委員会一緒で仲良くてさ。」
玄弥は続けた。
「なんか、兄貴に会うなら渡してくれって言われてて…これなんだけど。」
そう言って玄弥が差し出したのは、小さな包装紙で包まれた何かだった。