第69章 たかだか人間
俺は顔を手でおおって、大きく息を吐いた。
「なあ母さん」
「…なあに?」
優しい声は小さい頃から変わっていない。それが、俺を弱くする。
「………のことなんだけど」
弱々しい声が出た。
けれど、それをどうにもできなくて。
「………大好きなんだよ。」
「…うん。」
「だから、側にいたい、いてやりたいって思う。霧雨のじいさん達に、もうのことを諦めろって言われたときも迷わずに側にいるって言った。」
何かが弾けたように言葉があふれでた。
「でも、もう辛いンだ」
目が熱い。
もうぐちゃぐちゃだ。
「たった一ヶ月なのに、嫌なことばっか考えちまう。また心臓が止まるんじゃないかって。もう目を覚まさないんじゃないかって。あの日、俺がもっと早く病院に連れてってやれば良かったとか、もっとワガママきいてやれば良かったとか、そんなことばっかりだ。考えたくなくても、考えちまうんだ。」
母さんがぎゅっと俺を抱きしめてくれた。もう25の、自分よりずっとデカイ息子をだ。
「大丈夫。きっと大丈夫よ。ちゃんがいきなりあなたを置いていってしまうはずがないでしょう。」
「………。」
「大丈夫。実弥。あなたのときも大丈夫だったんだから。」
母さんがそう言うので、俺は鼻をすすりながら顔をあげた。
「ほら、あの大事故。あなた心臓が止まっちゃったけど、すぐにまた動いて良くなって、傷は残ってしまったけどこんなにたくましく育ったんだもの。」
「あぁ、その話な。」
そんな体験覚えててもいいだろうに、全く覚えていなかった。小さい頃とは聞いているが、いったいあれは何だったのだろうか。
……思えば、記憶を取り戻したのもそのあたりだった。
「………なあ…俺って、眠り続けたりしたか?」
「…そうね。今のちゃんみたいだったわね。あなた、ずっと怖い顔でうなされていて本当に心配だった。けど、一週間とかで目を覚ましたのよ。」
その話を聞いて、少し気になることがあった。