第66章 眠らざる者たち
病院から出て、誰もいない部屋に帰る。いや、誰もいないわけじゃない。子猫が一匹いる。
「にゃあ」
帰ると必ず出迎えてくれる。俺の顔を見るや否やすぐに今までいた場所に戻る。の部屋だ。
仕事用の椅子にぴょんと飛び乗って、机の上によじ登ってパソコンのキーボードの前に座り込んだ。
「なあ、お前何でそこ好きなんだよ。」
聞いても返事はない。当たり前だが。
がいなくなって、改めて俺はアイツのことを知った。
実は言うとずっと不思議に思っていた。あんなに休みもせずに毎日絵を描いて描いて、体調を崩すほど仕事をしていたのに、驚くほど金にうるさかった。
服を買うにしてもそうだ。自分のものに関してはいつも安いものしか買わないし、必要最低限のものしか持っていなかった。
美容院も一年に二回行けばいい方だ。化粧品なんて100円ショップで買っているのを見たことがある。
仕事道具も型の古いパソコンをいつまでも使っているし、俺が知る限り絵を描く電子機器とか買い換えなきゃならない道具とか、全部中古で買っていたはずだ。
そのくせ、俺の誕生日とか、たまに喧嘩した時とかは高いもん買ってくれた。そんなもん買うなら自分に何か買えばいいのに。そう思ったし口にしたこともあるが、『私は何もいらないから』って笑って…。
はいつもそうだ。自分のことより、俺のことを優先してくれる。プロポーズを断られた時もそうだった。俺のことばかりだった。辛いのはお前だってわかってたけど、今まであまり言ってこなかった分爆発しちまって、俺はつい怒鳴ってしまった。
いつもいつも我慢してたんだなァ、お前は。我慢して、色んなもんためこんで。わかるんだろう、お前は人の考えてることとか気持ちがわかるから、それを優先しちまって自分のことは二の次にしてたんだろう。
そんなお前の気持ちや感情は、誰も読み取ることができないのに。