第63章 大正“悲劇”ー始ー
無事に救出されたカヤは無一郎くんの腕の中で大人しくしていました。
無一郎くんは無感情にそれを見下ろして、優しく抱いてやっていました。
「………」
その時、彼から、いつもとは違う感情が伝わってきました。
「カヤは…耳の辺りを撫でてやると喜びます」
「……?猫が?」
「猫にも感情があります」
すると、私が言ったとおりに耳の辺りを撫でた。カヤは気持ち良さそうに喉をならした。
喜んでいるのが伝わってくる。
「嬉しいそうです。」
「………。」
無一郎くんは自分よりはるかに小さな生き物を見下ろしました。
そして、ぎゅっと抱きしめました。力はそんなに入っていないようで、カヤは嫌がりませんでした。
「……何だか……すごく、良い気持ち……」
「それは、無一郎くんがカヤを大好きで、愛しく思っているということですよ。」
「イト、……シク…?」
「はい。愛しい、ということです。」
「愛しい……?」
私は少し困りました。
どう説明すればいいのでしょう。
けれど、私もはじめはそうでした。何もわからず、すぐに安城殿や氷雨くんに聞いてまわったものです。
二人ともすぐに答えてくれる時もあったがいつも困ったように笑って、はっきりとしない言葉で説明してくれました。
…先日の一件で、よく昔のことを思い出すようになった。
鬼によって荒らされた皆の遺骨は無事に戻ったと聞きました。私はもう遺族や育手の方には挨拶には行かなかったけれど、それを聞いて安心しました。
『ありがとう、これで皆、眠れたよ。』
お館様が私に言うので、私は宇髄くんのおかげだと答えました。宇髄くんがいなければ、厳しかったと思うのです。
今は亡き仲間達の困ったような、それでも嬉しそうなあの笑顔が忘れられないのです。
わかることが、わからないことを私は知りました。
わかっていても、伝えられないことがあるのだと、私は知りました。
「無一郎くんの今の気持ちが、愛しいということだと思います。言葉で言えるものではないので、こうとは伝えられません。」
「……そう…ですか。」
無一郎くんはカヤを抱きながら、ハッとしたように顔を上げました。