第60章 大正“幕引”ー始ー
無一郎くんは、青色の瞳を私に向けた。
私は目を逸らすように空を見上げた。
けれど。
ああ。
君の、その瞳の色は、逃げたくて逃げたくて仕方なくても、この世界の至る所に溢れているんだ。
空は青い。今日も青いし、きっと明日も青い。昨日も青かったのだから。何百年先も、空は青い。
「『いいんですよ、無一郎くん』」
気づけばそう話していた。
ああ、そうだ。
こんな話、したっけな。
「『忘れても、忘れても、いつかきっと……忘れた記憶は君を助けてくれる。』」
無一郎くんは、きっとまだわからないだろう。
それでもいい。それでもいいから。いつか君が全てを思い出した時、きっと私は側にはいてあげられないから。
この言葉だけでも、残ればいい。
「『頑張りなさい、無一郎くん』」
ほんの少し、寂しいなあ。
君とお別れするのは、寂しいかもしれないね。
「……はい、師範。」
無一郎くんが小さく返事をした。
私はそれからすぐに蝶屋敷から去った。しのぶがしばらくは面倒を見てくれると言うから安心だ。
それから一週間、蝶屋敷に通った。
無一郎くんの稽古もそこでつけた。機能回復訓練とともに、全集中の呼吸の常中を教えた。
私はこれを覚える時、氷雨くんと安城殿に教わったが、あの二人は私に永遠と馬鹿に大きな湖を丸一日泳がせた。湖の端から端まで泳げるほどになれば、常中を身につけていた。
が、さすがにそれはやらせてやれないし、しのぶに言うとあまり良くないと言われた。当たり前だ。
無一郎くんが呼吸をやめたらただひたすら叩いた。
叩かれそうになったら避けて受け身をとるように言い聞かせた。攻撃回避の特訓も一緒にして行った。