第55章 大正“浪漫”ー漆ー
氷雨くんがその名を聞いた瞬間に動揺したのがわかった。
「…………。」
「………。」
沈黙。
「氷雨家で聞いた話です。ずいぶんと昔のことで…聞いたのはもう40年以上昔になります。」
しかし、氷雨くんはすぐに話し出した。いつものように饒舌に。
「霧雨家は、武士の一族でした。時代が変わり武士がその立場をなくしてからは華族として栄えました。しかし大元を辿れば、全く違う道の一族なのです。」
「……その、道とは?」
私が聞くと、氷雨くんは答えてくれました。
「神職です。」
難しい言葉に戸惑ったが、それは神社の神主や巫女を指す言葉だとすぐに理解できた。
「霧雨と言う名は、あなたが言う阿国が名乗り始めた名で、本来の名は別のものだったと言われています。」
「……本来の名前…。」
「まあ、そこまでは私も…。」
氷雨くんが首を横に振る。
「霧雨家は江戸時代に名を残したと聞いています。それに、私は家系図を見たことがあります…でも阿国という名はありませんでした。」
「武士の一族としての霧雨家を創立させたのは阿国ではありません。単に阿国は霧雨という名を戦国の世に名乗っただけです。」
私はじっと話に集中した。
「…私達の始まりは平安時代…もしくはそれ以前と言われています。」
「そんな時代から…!?」
「…阿国は、由緒正しい神社の娘として産まれました。しかし荒れ果てた時代の中、その神社は焼失して阿国一人が生き残りました。阿国は名を捨て新しく自分に名をつけ…その後、子をなしたとのことです。その末裔があなた…ということになるのでしょうね。」
「……じゃあ氷雨家は…。」
「霧雨家の分家ですから、そのあとに栄えたのですよ。」
氷雨くんがにこりと笑う。
「桜くんの遺品には、霧雨阿国は…始まりの呼吸の剣士と書かれていました。」
「あぁ、それに関してはハカナに直接聞かれました。…にわかに信じがたいことなのです。どうも、阿国のことを私はよく知らない。」
桜くん、氷雨くんには聞いていたのか…。
私には内緒にしていてくれたのに、やはり調べることには調べていたんだろう。