第55章 大正“浪漫”ー漆ー
少し埃っぽい六畳ほどの部屋に通されて、氷雨くんがたてつきの悪い窓をガタガタ言わせながら開けた。
その窓から、海が少し見えた。
すうっと柔らかい風が通った。
「あなたは氷雨家に戻っていると思っていました。」
「家は妻と共に私は死んだものと思っています。戻れなかったのですよ。」
座るように言われたので畳の上に座り込んだ。氷雨くんは義足のためやたらときしむ木製の椅子の上に座った。
「……あなたが会いに来るとわかった時、正直驚きましたが、何やら切羽詰まっているようでしたので…。」
「……何でわかったんですか。」
「……何ででしょう。」
エスパーじみたところは変わってない。氷雨くんはにこにこ笑っている。
「それで、鬼殺隊はどうしたのですか。担当地区を離れるなんて珍しいことですね…。」
そう言われたが、私は黙った。
氷雨くんは…多分理解したのだろう。なにも言わなかった。
「私に何の御用でいらしたのですか?」
その事に言及することなくそう言った。
「…氷雨くんに聞きたいことがあるんです。」
「ええ、何なりと。」
私は説明を始めた。
「桜くんが亡くなったことはご存知ですか。」
「…何となくそう感じていました。けれど、そうですか。本当に…ハカナが。」
氷雨くんは少し目を閉じて、じっと遠い昔を思い出すような素振りを見せた。
「それで、桜くんの遺品を私もらったんですけど…。」
「…遺品?」
「はい。鬼の研究データで…残す価値もないようなものと書いてありました。生きた証として、残しておくと…けれど燃やすように書いてあったので、ついこの前ようやく燃やしました。」
「はあ、それで…何だと言うのですか。」
「それがですね、ついこの前読んだんです。そこに気になる名前がありまして。」
氷雨くんはじっと私をみつめた。
「霧雨阿国という名を聞いたことはありませんか。」