第55章 大正“浪漫”ー漆ー
「無理」
私は喫茶店で紅茶を片手に項垂れた。
さすがに初日では見つからないか…。
まあ…氷雨家は大きな家だから、多分聞けばわかるだろうけど。
「どうしましたかお嬢さん」
そんな様子だからか隣の男性に声をかけられた。
「あ、いや何でもー…」
私が言いかけて、途中で気がついた。
「あは、そうですか?」
その人物はにこにこと笑っていた。
…この声。この気配……嘘でしょ…。
「お久しぶりです、様。」
その人物は最後に会ったときよりもやたらと老け込んでいて、髪の毛も真っ白だった。
左目と頬の傷が色褪せていて、彼がいなくなったあの日からずいぶんたつことを改めて実感した。
ついてくるようにと言うので、私は彼の後ろを歩いた。氷雨くんの歩き方と足音が不自然で、義足によるものだとわかった。
両足を食われたのにここまで回復するなんて。流石としか言いようがない。
「今はここで療養しています」
氷雨くんが連れてきてくれたのは、何か雰囲気のある下宿屋だった。
中に入ると、一回は食堂でやたらと声の大きなお姉さんが働いていた。
「あらぁ、春風くん、若い子連れてどうしたの」
お客様がいるなか平気でそう叫ぶので、私はぎょっとした。
「親戚の子だよ。少しこの子も世話になるけどいいかい。」
「春風くんの知り合いなら大丈夫。お嬢ちゃん、ご飯何が食べたい?」
お嬢ちゃん!?…いや、どう見ても、多分そんなに年変わらないんだけど…。
「お魚が食べたいです…」
「わかった。」
気前良くそう言って、お姉さんは食堂の仕事に戻っていった。
「さ、こちらです。少し登りにくいかもしれませんが…。」
「大丈夫、です。」
私は店の奥にある狭くて急な階段を登った。