第53章 大正“浪漫”ー伍ー
私が報告書を書き上げて死んだ頃に、ガラスが窓からやってきた。
「何してる」
「もう無理」
「何だ、やっと仕事したのか。じゃあ出しに行かないとな。」
ガラスが偉そうに言う。
「普通はな、隠が来るんだよ。そんで提出もしてくれるんだよ。残念だったな嫌われてて。」
「うるさいな。」
「本部に出しに行けよ。俺の仕事に書類提出はないからな。」
そのつもりだったので言われるまでもなく書類をまとめた。
「それより小僧はどうした。明日の選別へ行かせたのか?」
「えっ?そんなわけないじゃん。」
「ならばなぜいない。」
私はそう言われてハッとした。
「え…?」
無一郎くんの気配が感じられない。私はそこでまずいことに気づいた。
待って、前の時もそうだっけ。無一郎くんが選別に行くと聞かなくて、それで私…。
そうだ。私の目を盗んで、勝手に外に出て。
私は刀を握って屋敷を飛び出した。
「おい!!どこへ行くんだ!?おい!!!」
ガラスが後ろから叫ぶ。
私は走った。
「奥義、深奥…!!」
気配を探りながら探した。
あぁ、まずい。まずい。まずい。過去と同じなら。前世と同じなら。間に合わなければ無一郎くんは。
恐らく数十分は走り続けた。
「無一郎くん!!無一郎くん、どこですか!?」
もはや自分の担当地区など抜けた。しかしそれでもまだ近づかない。
どうしよう。どうすればいいんだろう。
『待って』
ふと、後ろから声がした。そして右手を握られた。
私は驚いて足を止めた。
馬鹿な。気配なんてなかった。今もない。誰だ。鬼か。
私は振り返った。
そこにいたのは幼い少女だった。
あまりにも私に似た顔立ちをしていたので、鏡を見ているのかと思ったけれど、明らかに年が違う。
その顔を見て、何かピンと来たものがあった。
「阿国……?」
夢で見た顔と同じだった。
水に写ったあの顔と同じ。
『ごめんね』
少女はにこりと笑った。