第53章 大正“浪漫”ー伍ー
「……行きたい…行きたい、です。」
無一郎くんは私に詰め寄るのをやめて、ただ拳を握ってうつむいて、訴えた。
「師範」
青い目が私をとらえる。
無一郎くんが感情をむき出しにしていた。
「行かせてください。」
私は、その目から逃げるように背を向けた。
「このままでは死にに行くだけです。」
「っ、じゃあどうしたら行かせてくれるんですか。」
「ですから、明日の選別ではなくその次の…。」
無一郎くんはまだ粘る。
「いやです!明日の選別に行きたい!!行かせてください!!」
私は答えなかった。
とにかく行かせるつもりはなかったし、これ以上取り合うつもりもなかった。
「とにかく、私は仕事をしますから、あなたは今日は休みなさい。」
「師範…!」
私は無一郎くんが鬼の襲撃を受けた部屋に入った。畳も壁も天井もボロボロで、初心者の日曜大工じゃ壁の穴を塞ぐのが精一杯だった。
「………あぁ、困ったなぁ。」
色々なものが私を悩ませる。
この屋敷もちゃんと直した方がいいのかな。
報告書どんなこと書きゃいいんだろう。
てゆうか、私…ずっとこのままなんだろうか。
帰りたい。実弥に会いたい。可愛い猫にも会いたい。
「……私にこの時代は辛すぎる…」
全てを知ってしまった私には、ただ苦痛の日々だった。