第53章 大正“浪漫”ー伍ー
「それは違う。私はあの言葉に感謝している。」
行冥が言う。
「お館様に事情を聞いた。あの少年にはお前しかいないのだろう。私を訪ねてきたカナエとしのぶと同じだ。」
私は俯くのをやめて、彼から体を離した。
「ええ。わかってる。」
「ならば、先程のようなことはもう言うな。」
そう言われ、私は頷いた。
「……ありがとう。もう言わない。」
「うむ。」
行冥と頷く。
明日、会えるかわからない。次はいつ会えるのかわからない。
今日死ぬかもしれない命。
その背中を見送ってからも、私はしばらく玄関にいた。
ガラスが帰ってくる頃にようやく動いて、玄関の戸を閉めて中に入った。
「今日は床入りしなかったのか?」
「風切り羽引きちぎるよ!?うら若き少年とお喋り烏がいるのにそんなことするか!!バカ!!!」
しかも今日はってなんだ。頻繁にしてるみたいな言い方やめろよ。つか床入りは厳密に言うとちょっと違うことをさすんだよ。
「床入りってなんですか」
ふと、柔らかな声がして振り向いた。
そこには汗だくでフラフラした無一郎くんがいた。
ぐうぅとお腹をならしている。お昼ごはんだと思って来たらしい。
あんな無茶ぶりしたらそうなるだろう。今日で二日目だけど、嫌だと言って逃げ出す素振りは全くない…。
いや、そうじゃなくて。
「床に入ることだ。特に結婚した男女が初めて「ガラスッ!!!!!」」
「???」
私は慌ててガラスの嘴をふさぎ、無一郎くんにごはんを作った。
あのムッツリ烏、絶対許さない。