第53章 大正“浪漫”ー伍ー
起きたらもう無一郎くんはいなくて、散らかった布団がそのまま残っていたので片付けた。
稽古場から気配がした。
「おい」
お昼に目を覚ましたようだ。壁によりかかっていたため腰がいたい。大きな欠伸をした時にガラスがやって来た。
「岩柱だ。」
「えっ、また?」
「はあ?あんなに頻繁にこそこそ逢い引きしてたくせに全く連絡もなにもしないからだろ。」
「逢い引き…!?」
生々しい響きにぎょっとした。けれど、ガラスには特に隠していなかったし、ばれたらばれたでまあ何とかなるって思ってた。甘いぞ私糞やろう。
「ぎょえええこんなに屋敷ボロボロなのにどうしよ」
「目が見えないからセーフだ」
「いやアウトだし」
私はとりあえず門まで走って彼を出迎えた。
「や、やあ…じゃなかった、ようこそいらっしゃいました…。」
「うむ。文を出しても返事がなく、少し気になったのでな。」
「なぬ?」
ぎろりとガラスを睨んだ。ガラスは私のお腹の辺りを遠慮なくつついた。
「お前が怪我をした日だ。俺は言ったのに、あの小僧の世話で必死で聞いてなかったな。」
「ばか野郎手紙は届けるまでが郵送なんだよ。」
「何をこそこそ話している?」
行冥が言うので私たちは話すのをやめた。ひとまず、唯一無事な先程まで無一郎くんと私が寝ていた部屋に通した。ガラスは遠くへ飛んでいった。…変に気を使いやがって。
「……何か違和感がある。鬼の襲撃の際、無事ではすまなかったのか。」
「い、いえいえ、何せ古い屋敷ですので…ちょっとね。」
ちょっとどころじゃない。縁側なんてバキバキでろくに歩けやしない。
「して、何やら怪我をしたのか?ガラスが言っていたが…。」
「大したものではありません。」
「あまり無理をするなよ。継子がいると大変だろう。」
行冥は私の多忙さを思ってかそこで帰ろうとした。玄関でその背中を見送っていると、くるりと振り向いた。
「ひとつ聞きたかった。なぜ、継子をもらおうと思った?」
突然のことに驚いた。
…どうせ死なせてしまうからと、継子を拒んでいた私には当然の質問のように思えた。
「………。」
上手く言える気がしなかった。
「…お館様が……私に必要な存在とおっしゃったからです。」