第52章 大正“浪漫”ー肆ー
「師範」
無一郎くんはその日から私をそう呼んだ。
それまでは呼び方が“ねぇねぇ”、“あなた”、“あの”だったけれど、ちゃんと呼称が定まった。
「よろしい。」
だんだんと人間らしくなってきた。
今日で彼が来て一週間。ひたすら刀を握らせた。ずっとずっとずっと。朝も夜も昼も。天候も時間もコンディションを何にも考えずただ握らせた。
無一郎くんの手は血豆やたこが出来て皮が剥けていた。治療しているけれど、それが追い付かないくらいだ。
痛いと言って刀を落としても私は握らせた。
痛みなんかに負けていては鬼の頚など斬れない。それに、今のうちに手の皮を固くしておかないと後々に苦労するだろうし。
「うーん、ここが一番固いですね。」
「痛いッ。」
「変な力が入っているんですよ。一番力をいれるのは、ここ。」
私は彼の手に消毒液をつけながら教えた。
「刀の握り方は覚えたようですね。」
「はい。」
「まあ及第点です。」
包帯を巻き終えると、無一郎くんは首をかしげた。
「及第点以外、僕はもらえないんですか」
いつも私がそうとしか言わないので、少し不思議なようだ。
「及第点も素晴らしいものです。ね?」
「………。」
わからないというようにぼおっとした虚ろな目を私に向ける。
きっとそのうちわかる。
この鬼殺の道を完璧に歩くことは不可能だということを。