第52章 大正“浪漫”ー肆ー
『師範が私を育ててくれたのよ。』
『シハン?シハンとは何ですか?』
『えぇ?あーうーん、難しいわね。教え導く人のことかしら。』
『じゃあ、安城殿はシハンというモノになるのですか?』
『いや、モノじゃないわ。師範は人よ。それに…師範ってほどあなたに物を教えてないから、師範ではないわね。』
『???』
『まあ…霧雨ちゃんも、いつかわかる日が来るんじゃないかしら。』
首を傾げる私に、安城殿は優しく微笑みました。
『大丈夫よ。きっと、あなたを理解してくれる人があなたを教え導くわ。』
『…じゃあ……その人たちは、私にとって、師範になるのでしょうか…?』
『……やだわ、本当に難しいわね。』
安城殿は困ったようにそう言った。
私はわかりませんでした。けれど、理解する頃には、安城殿はもういませんでした。
安城殿は私の師範ではありません。私を教え導いてくれましたが、どうもその言葉にはしっくりこないのです。安城殿だけでなく、他の人たちもそうでした。
私には師範と呼べる人がいないのです。私だけを見つめ、あらゆることを教え導き、私の行く道を示してくれるような人はいないのでした。
私は果たして無一郎くんにとって師範なのでしょうか。
………私は、あの子を教え導いているのでしょうか…。